A man crosses the Abkhaz-Georgian administrative boundary at a crossing that the Abkhaz authorities consider illegal.

© 2010 Human Rights Watch

(ニューヨーク)-アブハジアにおける20年近い政治対立のあおりを受けたグルジア系帰還民が、権利の不当な制限にさらされている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。90年代初頭、アブハジアがグルジアからの分離独立をめざした、アブハジアをめぐっての紛争が勃発。その際避難を強いられた避難民のうち4万7千人が、アブハジアの最南端地区であるガリ(Gali)に帰還している。しかしこれらの人びとは、市民的・政治的権利の制約に直面している。その結果、再び故郷を去らざるを得ない状況に追い込まれている人びとも少なくなく、大規模で持続可能な帰還を実現できない要因となっている。

報告書「不安の中で:アブハジアのガリ地区へのグルジア系帰還民の権利の状況」(全71ページ)は、アブハジアを事実上支配する政権が、帰還民に対し、その移動の自由に関する権利、教育の権利、その他の政治的・経済的権利などに恣意的な干渉を加えている実態を取りまとめている。アブハジアの当局は、独立の国家とは国際法上認められていないとはいえ、権利と自由を尊重・保護する義務を国際法上負っている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。アブハジア当局は、アブハジアもグルジア領と認める地域との行政境界を越える移動の自由を保証するべきであるし、差別、特に身分証明書類と教育へのアクセスに関する差別をなくさなければならない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの欧州・中央アジア局長代理レイチェル・デンバーは「権利保護に関しては、アブハジアの当局には、アブハジアの国家としての地位にかかわらず、行動する義務がある」と語る。「アブハジア当局は、ガリのグルジア系住民を含むアブハジア住民全ての権利を認め、保護する必要がある。」

報告書は、行政区分上の境界の両側で行われた100人を越えるガリ住民からの聞き取り調査に加え、アブハジア当局やアブハジアで活動する国際政府機関及び国際NGOからの聞き取り調査を基にしている。

1992年夏、グルジア軍とアブハジア分離独立派部隊との間で武装衝突が勃発。その結果、20万以上のアブハジア住民(大多数がグルジア系)が故郷からの避難を余儀なくされた。以来、その殆どが帰還できていない。94年5月に停戦合意が成立。この停戦は、グルジアからのもう1つの分離独立地域である南オセチアを巡って2008年8月に起きたロシア対グルジアの戦争勃発までは、概ね維持されていた。

ロシア政府はその後、アブハジアを国家として承認。アブハジア側とグルジアを仲介する重要な国際機関である国連グルジア監視団(United Nations Observer Mission in Georgia)の延長に拒否権を行使した。国家承認に続き、行政区分境界線のアブハジア側に、国連軍事監視団にかわりロシア国境警備隊が展開した。

停戦の後何年もの間、帰還した何千人ものグルジア系住民が毎日停戦ラインを越えて通勤したり、ガリにある農地の世話と財産の手入れをするため季節ごとに移住してきた。

2008年以来、アブハジア当局は全住民に対し、公職を求める、公職選挙で投票や立候補をする、高校卒業証書を得る、財産取引を行う、或いは行政上の境界線を越えて自由に通勤するなどの権利を行使するにあたり、アブハジアのパスポートを取得するよう義務付けた。しかしながら、グルジア系帰還民は、パスポート取得手続で差別的取り扱いを受け、過度に大きな負担を強いられている。

「全住民が差別なく享受すべき権利を行使する条件として、アブハジアのパスポートを取得するよう義務付ける制度を導入したアブハジア当局。こうした権利に恣意的に干渉していることになる」と前出のデンバーは語る。

しかも、帰還民(とりわけパスポートのない者)にとっては、行政区分上の境界を越えるための許可を得る手続きは極めて厄介である。結果として、多くの人びとが、拘束、罰金、投獄などの危険をおかし、非公式に境界を越えることを余儀なくされている。

「ガリの多くの人びとにとって、日々の社会・経済・家族生活は、行政境界線の両側にある。だから、そこを越えて行き来できる事はとても重要だ」とデンバーは話す。

95年以降、アブハジア当局は、主要教育言語をロシア語とする措置を段階的に導入。ガリ、特にガリ北部では、グルジア語教育を受ける機会が減少した。ガリ地区で学齢期にある子どもの大多数はロシア語を話せないため、学業で困難に直面している。まだグルジア語教育が行われている学校に子どもを移す親たちや、領有権争いのないグルジア領内の学校に通わせようと完全にガリを離れる親たちも多い。ガリ南部では、グルジア語での教育を今も続けている学校は11校あるものの、グルジア語が主要教育言語として維持されるかは不透明である。

「アブハジアは国家としての体裁を制度化するべく決意している。しかし、グルジア系住民の権利を犠牲にして達成されるべきではない」とデンバーは語る。「当局は、ガリ地区のグルジア系住民を含む、すべてのアブハジア住民の権利を認めて保護する必要がある。」