Skip to main content

「憲法草案への賛成は国民の義務。賛成投票を」 最近、ビルマ(ミャンマー)最大都市ラングーンに立った看板だ。

ビルマ人は、こんな看板には慣れっこだ。間もなく行われる予定の国民投票から「共通の敵たるすべての国際・外部破壊分子を粉砕せよ」という類まで、町中の至るところに、軍事政権の標語が林立しているからだ。外国人観光客には、軍事政権のプロパガンダは格好の「異様な」写真スポットになっている。しかし、ビルマ人にとって、この看板群は、単なる写真スポットではない。社会の隅々まで軍に管理され、絶対に反対は許されないという過酷な現実を示しているのだ。  

軍事政権は、予定どおり5月10日、憲法草案についての国民投票を行うという(但し、サイクロンナージス被害のため、ビルマの一部では投票が5月24日に延期される)。ビルマの軍政は、この国民投票を民主化に向けた一歩と宣伝するが、全く違う。有権者が自由に意思を表明できる通常の国民投票とは全く違うからだ。憲法草案の作成過程も、今回の国民投票を取り巻く状況も、民主主義からほど遠い。逆に、今回の国民投票の目的は、現在の軍事支配の制度化にある。  

まず、本憲法草案は、投票の1ヶ月前まで発表もされなかった。発表後も有料で購入するしかない。ビルマの総人口の推定40%は、非ビルマ民族で、135の民族の言語を話す。でも、憲法草案は、どの民族の言語にも訳されてはいない。

現軍事政権(国家平和開発評議会=SPDC)は、賛成を呼びかける看板は許可する一方、国民投票を批判する活動家たちを容赦なく逮捕・投獄している。例えば、3月30日と4月1日、アウンサンスーチー氏率いる野党勢力・国民民主連盟(NLD)のメンバー7名は、「NO(反対)」とプリントされたTシャツを着て平和的に抗議したため、治安部隊に逮捕された。政治囚支援協会(本部タイ)によれば、4月25日から29日の5日間だけで、70名以上が、反対を表明する活動をしようとしたため逮捕された。  

政府系新聞は憲法草案を賛美する論陣を張っている。ビルマの週刊新聞や雑誌に独立した立場から寄稿している数少ないジャーナリストたちも、今回は沈黙したままだ。逮捕されないためには、自己検閲をするしかないと判断したのだろう。  

軍事政権は、スパイや情報提供者をくまなく配置しており、ジャーナリストや反体制活動家はもちろん、一般市民の間にも恐怖が広がっている。イラワジデルタ地域出身のカレン民族の校長先生は、ヒューマン・ライツ・ウォッチにこう語った。「みんな怖いんです。もし(国民投票で)賛成しなかったら、ただじゃすまないでしょう。仕事は首、昇進はなし、警察からの呼び出しは日常茶飯事という具合です。私たちの地方では、誰も、その新しい憲法案を見たことはありません……当局は本当に厳しいですよ。もし(軍事政権よりの)会合を欠席したりすれば、当局にすぐばれる。そして代償を支払わされる。政府への信頼なんかゼロです」  

ビルマの人々が、政府を信じないのには十分な理由がある。あらゆる基本的権利は侵害され、平和的にでも政府を批判をすれば、暴力と長期にわたる投獄が待っている。1962年から軍政が続くが、選挙に基づく民政に移管する気など全くない。この憲法草案の内容は、民政移管の仮面をかぶった軍支配の確立に過ぎない。憲法草案では、議会の4分の1に現役軍人が任命され、特定の個人や政党員全体の被選挙権を奪う内容の条項ゆえに政党は著しく弱体化されている。ノーベル賞受賞者アウンサンスーチー氏を大統領にしないための条項もある。外国籍の配偶者や子どもをもつ者は大統領になれないのだ(同氏の亡き夫と二人の子どもはいずれも英国国籍)。

本来、国民投票は、情報への自由なアクセス、報道の自由、議論できる場、そして、軍事政権が何よりも恐れる「反対する自由」がなければ、成り立たない。でも、ビルマには、このなにひとつない。ビルマの憲法草案国民投票は、見せかけの欺瞞に過ぎない。

ビルマで、真の意味での政治的な変化をもたらしたいと思うなら、まずは、軍事政権の主要な貿易相手で政治的支援国(特に中国、インド、タイ)、その他日本を含む関係各国が、こんな国民投票では到底認められない、と公けに明らかにすることだ。この点、日本政府は、今年2月、国民投票の日程が発表された直後に「ミャンマー政府が国民投票日程を明らかにし、民主化行程のタイムフレームを示したことを評価する」と発表した。しかし、日本を含む関係各国がすべきことは、国民投票を前向きに評価することではなく、すべての政党及び民族グループが自由に参加できる真の政治プロセスこそが必要だと求めることだ。  そのためには、軍事政権は、まずは、アウンサンスーチー氏を含むすべての政治囚を釈放することから始めなくてはならない。こうしたプロセスで初めて、軍人たちと反軍政の政党(無視され続けている多くの非ビルマ民族グループを含めて)との対話が、真の民主化に続くステップとなりえるのだ。


 ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書「投票しようのない国民投票:ビルマ 2008年5月の国民投票」」(2008年5月1日発表、61頁)
ヒューマン・ライツ・ウォッチ アジア局局長代理 エレイン・ピアソン

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。