(ニューヨーク)―新型コロナウイルス感染症が蔓延しているなか、収監を続ける正当な理由がない人を各国政府が拘置所や刑務所から釈放する数が少なすぎる、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは全世界のメディアの調査に基づき述べた。入手可能なデータによれば、新型コロナウイルス感染症は拘置所や刑務所で急速に拡大しており、被拘禁者本人や職員やその家族を受け入れがたい危険に晒している。
世界的に、犯罪とはいえない行為を犯罪化する乱暴な法律や未決拘禁を含む収監を優先させる政策によって、推定1,100万人という許容しがたいほど多くの人が収容されている。メディアや政府などの報告書によれば、少なくとも80カ国の約58万人が釈放を認められたが、これは全体の5パーセントに過ぎず、完全に実行されていない釈放命令も多い。
「 被拘禁者の釈放があまりに少なく、あまりに遅いことが、防げるはずの苦しみや死につながっている」とヒューマン・ライツ・ウォッチの政策提言担当ジョー・ベッカーは述べた。「各国政府は早期、一時的、条件付きなどの形を問わず、釈放を緊急に加速するべきである。被拘禁者の多くは有罪を宣告されておらず、危険人物ではない」。
米国では、受刑者2万人以上と看守6,400人以上が新型コロナウイルス検査で陽性反応が認められ、300人以上が死亡した。収容されている2,500人のうち80パーセント以上が検査で陽性反応が出たオハイオ州のマリオン矯正施設は、感染率が世界でもっとも高いうちに入る。ラテンアメリカ全域では被拘禁者や刑務所職員が何千人も感染していることが確認されており、少なくとも160人が死亡した。カナダでは、モントリオール近くの女性用収容施設で入所者の60パーセント以上が検査で陽性反応が出た。
被拘禁者は、互いとの距離が近い、「ソーシャル・ディスタンス」をとることができない、適切な衛生設備や衛生習慣に欠ける、基礎疾患がある確率が高い、適切な医療を受けにくいことから、新型コロナウイルス感染症にかかる危険が通常より高い。職員もウイルスに曝露し家族や周辺の人に感染させる危険を冒している。
少なくとも125カ国で刑務所が過剰収容となっており、感染の危険がさらに高まっている。コンゴ民主共和国では、主要な刑務所の収容人数が定員の400パーセントを超えているが、被拘禁者の70パーセント以上が有罪を宣告されておらず、2万人の被拘禁者のうち釈放されたのは3,000人未満である。ボリビアは、刑務所に定員の2倍以上が収容されており被拘禁者の70パーセントが未決であるにもかかわらず、被拘禁者1万8,000人以上のうち2人しか釈放していない。
インドネシアでは政府が少なくとも3万6,500人を釈放したが、4月14日現在、定員合計の13万2000人の倍近くである26万人がまだ収容されていた。新型コロナウイルス感染症の急増が起きた収容所もある。被拘禁者11人に陽性反応が出て署長が全職員に検査を受けさせたパプアのジャヤプラ警察署などである。
多くの政府は発表したとおりに釈放を進めていない。刑務所の過半数で新型コロナウイルス感染症の感染が確認されているイギリスでは、司法省当局が4月初めに最大で4,000人の被拘禁者が釈放の対象となると発表したが、5月12日現在、57人しか釈放されていない。オーストラリアのニューサウスウェールズ州は3月末に政府が被拘禁者を釈放できるようにする緊急法を導入したが、5月18日現在、1人も釈放されていない。
各国政府の釈放命令は、高齢者、軽微な犯罪を犯した人、刑期の大半を終えている人、女性、そして健康状態が悪い人を優先させる場合が多い。しかし多くの地域ではこの基準から、必ずしも収監されるべきでなく、釈放しても治安を脅さない人が除外されている。トルコでは、最大で9万人の釈放を認める法律が有罪を宣告された人にしか適用されず、未決拘禁者や最終的な有罪を宣告されていない非常に多くの被拘禁者が恣意的に除外されている。
バングラデシュでは9万人の被拘禁者のうち80パーセントが未決拘禁者だが、当局が釈放を認めたのは3,000人に満たない。被拘禁者の約67パーセントが裁判を待っているか現在裁判中であるインドでは、高級委員会がマハラシュトラ州の全被拘禁者のうち最大で半数の釈放を認めたが、保釈金を納める必要があるため、多くの人が実際には釈放されないだろう。ナイジェリアでは被拘禁者の70パーセントにあたる約5万人が未決拘禁者だが、5月22日現在、釈放されたのは3,751人だけである。
ラテンアメリカ諸国の多くは未決拘禁者が被拘禁者に占める割合が高い。パラグアイでは77パーセント、ハイチでは75パーセント、ボリビアでは70パーセント、ベネズエラでは63パーセントである。
当局が反体制派や野党政治家を拘禁しておくために長期にわたる未決拘禁を利用してきたエジプトでは、当局が新型コロナウイルス感染症の蔓延に乗じ、拘禁措置の更新のための形式的な審問さえも事実上停止している。この結果、数百人、場合によっては数千人もいる未決拘禁者のうち釈放される者はますます少なくなるだろう。
釈放によって他者に重大で具体的な危険が及ぶ場合を除き、釈放命令を拡大してすべての未決拘禁者に適用されるようにすれば、大半の国の被収容人口を大幅に減らせる可能性がある、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
人権活動家や、表現・集会・結社の自由を平和的に行使したために不当に投獄された者を釈放対象から明確に除外している国もある。バーレーンでは、地元の人権団体によれば釈放された被拘禁者1,500人のうち約400人が政治囚だった。しかし人権活動家、野党指導者、活動家、ジャーナリストの大半は釈放されていない。多くは高齢で、基礎疾患を持つ者もいる。
トルコでは、ジャーナリスト、人権活動家、選挙で選ばれた政治家、弁護士など、反テロ法のもとで恣意的に拘束された、または不当に有罪を宣告された数万人の被拘禁者が釈放を認める法律の対象から明確に除外された。なかには重大な基礎疾患のある被拘禁者もいる。
ベラルーシでは、当局は平和的な抗議を行った人やその他の政府の批判者を5月に新たに120人拘束した。なかには深刻な健康リスクを抱える人もいる。
外出禁止令や隔離その他の新型コロナウイルス感染症関連の制限に違反した者の逮捕によって被収容人口が増えた国もある。刑務所の定員の2倍以上が収容されているスリランカでは、被拘禁者2万人のうち約3,000人が釈放されたが、外出禁止令違反で約4万人が逮捕され、多くの場合は一時的に拘束された。
マレーシアでは、当局は移動制限令に違反したとして1万5,000人以上を逮捕し、多くが2日から数カ月の刑を言い渡された。エルサルバドルでは隔離命令に違反したとして数千人が逮捕され、30日間以上拘束された。
新型コロナウイルス感染症関連の緊急措置への違反を理由に人を逮捕することで流行が拡大する可能性がある、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。当局が逮捕した者を混雑した収容施設に入れた場合、ウイルスが容易に広がりうるからである。
ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官は3月25日、新型コロナウイルス感染症対策において被拘禁者も考慮しなければ「壊滅的な影響」が出ると各国政府に警告し、収容人数を減らすために迅速に行動するよう呼びかけた。バチェレは、感染の危険が高い被拘禁者や軽微な犯罪を犯した者を釈放するなどの措置を求めた。
国連拷問防止小委員会も、安全が確保される場合には早期、暫定、または一時的な釈放の制度を利用して「刑務所の収容人数やその他の非拘束者数を可能な限り削減」するよう各国政府に求めた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、当該人物が他者への重大な危険となると考えられる場合を除き、拘束を伴う新規の逮捕を控えるよう各国政府に勧告する。各国政府は刑務所や拘置所に収容されている人の数を必要なだけ削減するために緊急に行動するべきである。その際に下記に当てはまる人を優先的に釈放対象とするべきである。
- 軽微な犯罪で拘禁されている人
- 刑期終了が迫っている人
- 保護観察や仮釈放の規則に違反したために拘禁されている人
- 子ども、高齢者その他の医療面で感染リスクが高い人、感染リスクが高い人の世話をしている人
- まだ起訴されていない人
- 他者に重大で具体的な危険を及ぼさない未決の被拘禁者
各国政府は拘禁を続ける人に対して負う特別な義務を十分に果たすようにするべきである。被拘禁者は健康と福祉の面で政府に頼っているからである。当局は収容施設で新型コロナウイルス感染症の流行を防ぐ、または流行の拡大を止め、被収容者全員の身体的・精神的健康を保護し、感染した被収容者を隔離し治療するために緊急に策を講じるべきである。
これらの策には、保健当局が出す最新の勧告に従ってスクリーニングや検査を行うこと、適切な衛生状況や医療を提供すること、ソーシャル・ディスタンスを可能にするために人口密度を低くすること、病気になった人や濃厚接触者について非懲罰的な隔離措置をとることを認め、適切な医療を施すことが含まれる。
「各国政府は悲惨な結果や多くの死者が出るのを避けるために迅速に行動しなければならない」とベッカーは述べた。「刑務所にいる必要のない人の釈放は、投獄された人だけでなく職員や地域社会も守ることにつながる」。