(ワシントンDC)-中国政府によるインターネット管理の再強化と実名登録の義務づけは、インターネット利用者の安全とプライバシーを脅かすものだ。
中国の立法機関である全国人民代表大会常務委員会は、2012年12月28日に「オンライン情報保護強化に向けた決定」を採択。同決定には、インターネット・アクセスや電気通信サービス提供業者に、個人がインターネット・アクセスや固定電話、携帯電話のサービスを利用する際に利用者の個人情報収集を義務づける、という規定がある。同決定第6項は、利用者にインターネット上での投稿を可能にするサービスの提供側にも適用され、投稿者のハンドルネームを実名と結びつけられなくてはならない。この決定が下された数日後に、著名なオンライン活動家数名の新浪微博(シーナウエイボー:以下ウエイボー―中国最大のソーシャルメディア・ミニブログサイト)上のミニブログが封鎖された。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのインターネットと人権に関する上級調査員シンシア・ウォンは、「これら新たな決定は、中国のネット市民を委縮させるメッセージを発している。政府の決定は批判を弱め、ユーザーを監視・検閲するために、インターネット企業にオンライン上の匿名性を制限することを強制するものだ」と指摘する。
「実名登録」の義務化は、政府当局がより簡単にオンライン上の発言者を特定、あるいは携帯電話の利用者を特定することを可能にし、匿名での意見表明、政府職員の汚職を暴露する「内部告発」、そしてプライバシーの権利などを制限する。同法は、いかなる政府批判の投稿も報復を招くことに繋がり得るという恐怖感を利用者に与えることで、実際に精力的に弾圧を行わなくても、批判的な言論の自由を抑圧することになる。
表現の自由の権利は、中華人民共和国憲法第35条で保障されているが、中国政府は定期的に厳しい制約を課し続けている。インターネット上の広範な検閲、監視、一般市民やジャーナリストのオンライン上の発言を対象とした訴追などがこれにあたる。「アラブの春」に影響を受けたライターのジュ・ユフが2012年2月に政治改革を求める詩をオンライン上に投稿したために、「国家政権転覆扇動罪」容疑で7年の刑を言い渡されたのは、その一例といえる。
実名登録問題の背景
今回の実名登録の義務化は、初めての取り組みではない。2011年にも政府は、ツイッター類似のサービスであるウエイボーに登録義務を課すと公表、2007年にもブログサービスに同様の規制を課そうとした。2010年に米国2企業が中国でのインターネット・ドメインの登録から撤退した。拡大された登録規則が、利用者のプライバシーを過度に侵害すると考えたからである。中国政府は今日まで、こうした命令を徹底的に施行・執行しているわけではないものの、2010年のインターネット規制における主要戦略のひとつが実名登録だった。
しかし常務委員会の新たな動きは、実名制度の取り扱い方に対する新たなコミットメントともとれるほか、現行規制の執行強化を示唆している可能性がある。政府のメディア報道規制に向けた努力にもかかわらず、高い注目を集めた汚職事件がオンラインで広く議論されて次々と暴露され、更に市民の行動結集にソーシャルメディアの利用が増えたことを受け、今回の決定がなされたといえる。たとえばウエイボー利用者とブロガーたちは、2011年7月に温州市で起きた高速鉄道脱線事故後の政府による隠ぺい工作や汚職暴露に関し、重要な監視役を果たした。鉄道職員が検査のためにいったん埋められた先頭車両を掘り起こしたこと、脱線事故の犠牲者家族からの訴訟依頼を断るよう弁護士に出していた命令を地元の政府関係者が撤回したことなどは、市民の抗議に政府が対応を余儀なくされた実例といえる。
死亡者36人が出た2012年8月のバス衝突事故現場で、陝西省安全監督局局長楊達才(ヤーン・ダーツァイ)が、高級腕時計を身につけて微笑んでいる姿の写真がインターネット上で急速に広まった後に解任されたのも同例だ。憤慨したネット市民が、別の高級時計をしている同局長の写真をすぐさま投稿。更に公務員の給料にそぐわない数百万ドル相当の資産所有も明らかにした。中国ではほかのメディアへの厳しい規制を考えると、政府にアカウンタビリティ(責任追及・真相究明)を求める市民にとって、インターネットは数少ない独立した情報源のひとつであり、かつ強力なツールであり続けている。
今回の決定はまた、国営報道機関が2012年12月にインターネットを、ゴロツキ、デマ好き、サイバー犯罪者の巣窟として報ずる解説を連続して公表した後に出されている。常務委員会は今回の決定を正当化するために、プライバシー保護と情報セキュリティーの必要性について言及していた。しかし実名の義務化は、セキュリティーとプライバシーへの危険を逆に悪化させてしまう可能性がある。例として、韓国はオンライン上のイジメに関する懸念に対応して、2007年に全ウェブサイトにおいて、ソーシャルメディア・サービスへの投稿を希望する利用者の身元情報の収集を義務づける法律を制定したが、実名制度順守のために利用されていたデータベースをハッカーが破り、ソーシャルメディア利用者3,500万人分の個人情報が漏えい、政府は同法を破棄せざるを得なくなった。韓国最高裁判所は最終的に、同法がオンライン上のイジメ解決に効果的でないとし、法の表現上の違憲自制を支配した。中国の場合、常務委員会は、オンライン上のプライバシーと表現の自由に関する厳格で、そして特に利用者の安全性をも害する規制を正当化できる重大な脅威が十分に存在するということを、説得力のあるかたちで主張していない。
プライバシー権と表現の自由権は、匿名で通信連絡をする権利を必然的に伴う。この権利は絶対的ではないが、個人が匿名で発言できる重要性は、報復を招く可能性のある言論を推進するために保護する価値があると認められてきた。言論と表現の自由の促進と保護に関する特別報告者は、2011年に国連人権理事会に提出した報告書の中で、「個人の匿名表記によるオンライン投稿の確保と実名登録制度採用廃止」を明確に各国に求めた。政府が批判者を迫害する中国のような国では特に、インターネット利用者が匿名でオンライン投稿ができようにすべきである。
検閲にプロバイダーを徴用
常務委員会の決定はまた、利用者が公表した「情報の管理を強化する」ようネットワーク・サービスの提供者に命令している。「情報の管理を強化」というのは、インターネットと電気通信企業による民営化された検閲を指す。中国のプロバイダーはすべて、広範な「違法コンテンツ」へのアクセスを規制するよう責任を負わされている。「違法コンテンツ」は広く定義され、政府の公式立場とは異なる意見を反映、あるいは政府が政治的に繊細すぎるとみなす情報を含む言論を禁止する方向で運用されている。このような取り組み強化に関する命令は、ソーシャルメディアや検索エンジンほかオンライン上ツールの使用を更に制約するという、民間企業への圧力増大を示唆している。
加えて、中国の「グレート・ファイアウォール(訳者注:政府が設置するインターネットの点検および検閲システムで、中国国外のインターネットへのアクセス制限をするオンライン上の万里の長城)」を回避するバーチャル・プライベート・ネットワーク(以下VPNs)を提供する企業も、自分たちのサービス利用に対する干渉が拡大したと報告。VPNsは利用者のインターネット接続時の通信を確保できる。実業家やジャーナリスト、一般利用者は、インターネット・トラフィックの暗号化や中国のフィルタリング・システムをかいくぐるためVPNsに依拠している。
「中国で、ソーシャルメディアはアカウンタビリティを求める市民にとって、素晴らしいツールになってきているが、今回のような新規制は確実にその能力を弱めるものだ。政府が本気でまん延する汚職と闘う気があるならば、内部告発者と一般市民を抑えたり、企業に協力を得たりすべきではない。それとは逆に、人びとがオンライン上でハッキリと意見を述べることができ、かつ自分たちの身をまもれるようにすべきだ」と前出のウォン上級調査員は述べる。