(アテネ)-ギリシャでは、移民たちが恐怖により街頭を出歩けない事態となっている。ギリシャ政府当局は、その原因である外国人憎悪に基づく暴力事件の増加に対処していない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。
全81ページの報告書「町にうずまく憎悪:ギリシャでの外国人憎悪に基づく暴力事件」は、移民への襲撃が急増しているにもかかわらず、これを防止・処罰しない警察と司法の実態についての報告書。暴力事件には明確なパターンがあり、同様の事件が増加している証拠が存在するにも拘らず、警察が被害者保護と加害者責任の追及に効果的に対応していないことをヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。ギリシャで2008年に成立した憎悪犯罪法を適用されて、有罪判決を受けた者はいない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの西ヨーロッパ上級調査員ジュディス・サンダーランドは「紛争から逃げてアテネにやってきた人たちが、暴力を恐れて夜間に外出できないでいるのが実態だ」と語る。「経済危機と移民が大きな社会問題になっているからといって、社会を引き裂く暴力事件にギリシャ政府が対応しないことの言い訳には出来ない。」
深刻な経済危機に苦しむギリシャでは、移民と亡命者保護に関する問題の多い政策が長年続いていたこととも相まって、ギリシャ人ギャング集団がアテネ中央はもちろん同国の至る所で、移民と亡命希望者に数多くの暴力を加えている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2009年8月から2012年5月の間に、外国人憎悪に基づく暴力事件を経験した人や、からくも暴力から逃れた経験のある人59人(ひどい暴力事件51件を含む)から聞き取り調査を行った。悪質な暴力事件の被害者の国籍は、移民・亡命希望者9ヶ国にわたり、2人の妊娠中の女性も含まれていた。
殆どの襲撃事件は、夜間に街の広場或いはその付近で発生している。襲撃グループは集団で行動し、多くの場合布やヘルメットで顔を隠し、黒く目立たない服装をしている。移動と逃走にバイクを使用する場合もある。拳で殴りつけることも珍しくないが、多くの場合、こん棒やビール瓶を武器として振り回す。殆どの襲撃には、侮辱やギリシャから出て行けなどの言葉の暴力も行われ、さらには、被害者から強盗を働く者もいる。
アテネとクレタ諸島では、5月以降だけで少なくとも7件の悪質な襲撃事件が報道されている。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調べによれば、ニュースとして報道されていない無数の襲撃事件が発生している。ヒューマン・ライツ・ウォッチの通訳を務めた26歳のソマリア人サヘル・イブラヒム氏に対する暴力事件も、そんな報道されない事件のひとつだ。
イブラヒム氏は6月22日に、これまで多くの襲撃事件が起きているアテネ中央部の居住区、アギオス・パンテレイモナスで襲撃された。彼は20代前半と思われる5人の男に通りで追いかけられ、重い木片で殴られた。襲撃の際に頭部を守ろうとしたところ、手を骨折した。
イブラヒム氏は、襲撃者が誰かはわかっているが、自分が非正規滞在者であることから警察には怖くて行けず、仮に警察を頼っても良い結果にはならない、と考えている。「[警察が]僕を助けてくれるとは思っていない。彼らは事態を分かっているし、問題を全部知っている。なのに、何故まだ見て見ぬ振りをしているんでしょうか?僕たちにはルールがある程度必要だし、対策を必要としている、この国もそれが必要で、対策をしてしかるべきなのですが。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アントニス・サマラス首相率いる新政権に対し、外国人憎悪に基づく暴力事件に対処するため、以下に掲げる取り組みを早急に行うことを求めた。
● 外国人憎悪に基づく暴力事件を公の場で非難し、移民に対する自警的暴力を絶対容認しないことを明らかにするなどのリーダーシップを発揮すること
● 襲撃を防止するとともに犯人を現行犯として逮捕するために、頻繁に襲撃が起きる所に十分な数の警察官を配置すること
● 警察と検察官が憎悪犯罪に対する捜査と起訴にもっとしっかり取り組めるよう、訓練とより良い指導、更に警察データベースの中央管理などを行うこと
● 非正規滞在外国人が憎悪犯罪の被害を届けた結果、拘禁されたり国外退去処分を受けることのないよう保証すること
欧州連合(以下EU)には果たすべき重要な役割がある。EU諸機関は、ギリシャでの外国人憎悪に基づく暴力事件を綿密に分析し、ギリシャ政府当局を援助するため、財政的・技術的支援を含め、具体的な支援策を提案すべきだ。
最近起きた襲撃事件に関連して、極右政党『黄金の夜明け』のメンバーを含む若干の逮捕者が出ていることは、常態化している警察の無為無策における前向きな例外である。2006年に警察は人種差別に基づく犯罪に対して特別に配慮するよう指導されていたにも拘らず、被害者は一貫してヒューマン・ライツ・ウォッチに、警察は告発を妨げたと話している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、襲撃事件を告発しようとした非正規滞在外国人の一部が、襲撃事件への刑事犯罪捜査の開始に固執する場合、身柄を拘束すると警察に伝えられていたことを明らかにした。告発者が襲撃者を明確に特定出来ない場合、捜査は無意味であると伝えられる、単純な謝罪を受け入れるよう勧められる、或いはやり返せと言われるなどして、多くの外国人憎悪に基づく襲撃事件の被害者は、正義の実現を諦めている事実があることを、ヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。
捜査の開始を頑なに主張する者は、正式に訴えを提起するために100ユーロを支払わなければならないと言われる。ギリシャ政府はこの料金を、根拠のない告訴を防止するために2010年末に導入した。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、憎悪犯罪を告訴する人びとからそのための手続き費用を徴収すべきではないと考える。
ギリシャ政府は、人種差別を動機とする犯罪行為をより悪質と定義した法律を2008年に成立させたが、その法律の適用により人種差別的動機に基づく襲撃に有罪判決が下されたことはない。アフガニスタン人亡命希望者であるアリ・ラヒミを刃物で刺した容疑で起訴された男性2人女性1人に対する画期的な裁判は、2011年9月に始まった。しかし裁判は6度も延期されており、2012年9月に予定されている次の公判で、検察官が人種差別に基づく動機を理由にして、認められている最高刑を求刑するかどうかは未だ不明である。女性の被告は『黄金の夜明け』党公認の候補者として、最近行われた国会議員選挙に立候補したが落選している。
2000年代初頭以後、ギリシャはアジアやアフリカからのパスポートやビザを所有していない移民や亡命希望者にとって、EUへ移り住むための主要な玄関口になった。長年にわたり移民と亡命希望者に対する誤った政策をとり続けたことと、最近の深刻な経済危機が、首都の人口動態を変えてしまった。アテネ中央部はとりわけ、放棄された建物や街の広場・公園を占拠して、極めて貧しい状態で生活する膨大な人口の外国人居住者を抱えている。犯罪の増加と都市部の衰退に対する懸念が、政治談話及び人びとの日常会話における主要な話題になっている。
このような状況の中、いわゆる「市民団体」が居住区を“守り”“清浄化”するために幾つかの地区で組織された。こういった居住区の1つが、アテネの中心に位置するアギオス・パンテレイモナスであり、そこでは立派な教会の直ぐ隣に位置する広場にある公園に外国人が留まることを阻止するため、数年前から“市民”がその場所を封鎖している。南京錠が未だに公園の入り口に掛けられている。
『黄金の夜明け』のような国粋主義政党や極右政党が、近年勢力を拡大し支持を得ている主な理由は、彼らが反移民感情を利用しているためである。2010年にアテネ市議会に1議席を獲得した『黄金の夜明け』は、2012年6月の国会議員選挙で初めて国会に進出できる票数を獲得した。同党はギリシャ国会の300議席のうちの18議席を得る見込みだ。
警察の分析或いは裁判所の判決が、移民や亡命希望者への襲撃を実行している集団と「市民団体」或いは『黄金の夜明け』を結び付けているかどうかは不明であるが、襲撃者がそれらの団体のメンバー或いは関わりを持つ者であることを示す証拠は幾つか存在する。ラヒミ事件の被告人が『黄金の夜明け』に加入していたことや、幾つかの襲撃事件に関与した容疑で『黄金の夜明け』党員が逮捕されていることなどが、その証拠の実例である。
政府の憎悪犯罪に関する統計は全く信頼できるものではない。ギリシャ政府は全国で憎悪犯罪が2009年中2件、2008年中1件しかなかったと報告している。しかしながら、5月にヒューマン・ライツ・ウォッチは、ギリシャ当局者から2011年以降アテネで起きた9件の事件が、憎悪犯罪である可能性があるとして捜査されている、と伝えられている。NGOグループとメディアの報道が、より正確な状況把握の一助となっている。国連難民高等弁務官事務所の協力を受けたNGOの監視ネットワークと独立国民人権委員会は、2011年10月から12月の間にアテネとパトラスで、63件の事件が発生したと報告している。
「移民と亡命希望者への襲撃は、『お前たちはここで望まれていない、出ていけ』というメッセージを送る目的で行われている」と前出のサンダーランドは語っている。「このような暴力を止めさせるには、国家が『外国人憎悪を動機とした暴力は民主社会に存在することを許されない。従ってそのような行為をした者は罰せられる。』という襲撃事件と同等の力を持つような強力なメッセージを社会に送る必要がある。」