(ジュネーブ)-世界中でデジタル監視が強化されている。各国政府は強力な法律と政策を採用し、オンライン上のプライバシーを積極的に保護するべきである。全ての人のプライバシーを保護するためには、国による監視活動を徹底的に見直す必要がある。さもなくば、インターネットの可能性を大きく制約する危険性があろう。
デジタル化した通信手段の世界的拡大は、政府のコンピューター能力増大と相まって、新しい監視業務を生んでいる。既存の法体系はデジタル時代にはすでに時代遅れとなっているにもかかわらず、こうした方策の採用が正当化され、プライバシー権への広く重大な侵害が許されてきた。各国政府のプライバシー保護を近代化するべく、ヒューマン・ライツ・ウォッチは2013年9月20日、スイス・ジュネーブで多くのNGOが公表した「通信監視への人権適用に関する国際原則(International Principles on the Application of Human Rights to Communications Surveillance)」への支持を表明した。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのインターネット上級調査員シンシア・ウォンは「米国政府と英国政府による大規模な監視活動が暴露され、世界にショックを与えた。プライバシー保護が、技術の進歩に追いついていない実態を明らかにしている」と指摘。「人びとの生活のデジタル化が進んでいる。このまま無制限な監視活動が行われれば、全ての人の諸権利と、法の支配を徐々に蝕む可能性がある」と述べる。
「通信監視への人権適用に関する国際原則」は、通信監視活動が合法的かつ必要で相応の範囲にとどまるとともに、人権侵害を避けるためのセーフガードを設けるよう、各国政府に緊急提言する内容である。同原則は、通信監視に関する法律・政策・技術の専門家の間で行われた1年にわたる協議プロセスの結果作成され、250ものNGOが支持を表明している。
各国政府は自らの監視活動が、本原則及び表現の自由権に関する特別報告者の勧告に沿ったものとなるよう、自国の監視活動を再検証すべきである。
9月9日、国連人権理事会の今会期のオープニング演説で、ナビ・ピレイ人権高等弁務官は、米国や英国などで行われている監視プログラムの範囲の広さに関して懸念を表明。高等弁務官は、「国家安全保障上の懸念ゆえに、必要性に基づいた例外的かつ限定的な監視活動を、正当化することはあり得るにしても」としつつも、プライバシー権や他の人権を保護するため、適切なセーフガードを設けるよう、全ての政府に強く求めた。
このピレイ高等弁務官の演説は、表現の自由に関する特別報告者のフランク・ラ・ルー氏が、4月の国連人権理事会に提出した年次報告書の中で示した提言と重なる。同報告者は、不適切な法的フレームワークは「通信のプライバシー権を恣意的かつ違法に侵害する温床となり、結果として言論と表現の自由権への保護を脅かす」と警告していた。
高等弁務官も特別報告者も、国家の法律は技術革新に対応していないとしている。ソーシャルメディアが出現する前から、そして国境を越えた通信が比較的稀だった時から、多くの監視体制が設けられていた。インターネットが出現する前、監視には多大な労力がかかったため、その結果恣意的かつ人権侵害的な監視を制限する一助となってきた面がある。
しかし今日、政府当局は携帯電話会社に要請すれば、一度に個人生活の詳細を知ることができる。データ保管とコンピューター処理のコストは下がり続け、光ファイバーケーブルの大規模な傍受を実行可能にした。人びとの生活の多くの面がデジタル化した現在、政府は人びとの位置・所属・通信をより効率的に追跡できるようになったのである。
NSAの元職員エドワード・スノーデン氏が曝露した米国と英国による監視プログラムの詳細は、その傾向の象徴である。6月21日にガーディアン紙が明らかにした情報は、2011年以降英国政府通信本部(GCHQ)が、インターネット上のデータを運ぶ内外の光ファイバーケーブルを盗聴していたと示している。ガーディアン紙の報道によれば、そのデータには電話・Eメールの内容・ウェブサイトやソーシャルメディアの利用に関するデータを含み、英国政府は米国政府とデータの共有もしているとみられる。
公開された秘密文書と裁判所の判断によって、米国における監視プログラムは、対象を絞っていない上に、相応なものでもなかったことも明らかになった。メディア報道によれば米国政府は、ケーブル盗聴や、世界的な巨大ンターネット・通信企業が保管する利用者の通信内容を利用するなどして、莫大な量のデータにアクセスしている。データ収集とその利用についての正確な範囲は今もって不明だが、明らかになった文書によればこの数年の間、現行のプライバシー保護指針が数千回にわたり破られていることを示しており、監視制度の妥当性に疑問を生じさせる。
英国と米国の両政府は、世界中の人びとの個人的デジタル情報を入手していたとみられる。その大多数は何らの犯罪の容疑もかけられていない人びとである。更に問題なのは両政府共に、自国外の人びとの個人的利益を、法律はもちろん発言の中でも認めていないことだ。
英国と米国による監視プログラムの問題は、より広い地球規模の問題の一角といえる。デジタル監視が個人のプライバシーに土足で踏み入ってくる現実に照らせば、全ての政府が、利用者の国籍や居住地にかかわらず、全利用者のデータ保護を確保するために自らの業務を見直し、法律を改正すべきだ。{ちきゅうきぼもんだい}
米国政府と英国政府の行為は、各国政府がインターネットやテレコミュニケーションの企業に対し、オンライン上の活動の監視を手助けするよう圧力を強めている実態も明らかにしている。インターネット利用者は、自らの日常生活の身近な詳細データの保管と送信を、企業に頼っている。それらの企業には、利用者のプライバシーを守るとともに、政府による監視権力乱用への加担を回避する責任がある。
人権理事会が2011年に承認した「企業と人権に関する指導原則」とグローバル・ネットワーク・イニシアティブ(以下GNI)の指針に沿って、テクノロジー企業は、利用者の側に立ちより透明性を確保しつつ、行動するよう努めることを明確にすべきだ。GNIは、テクノロジー分野での企業責任に対処するべく作られた、企業・人権団体・投資家・研究者のグローバルな連合体である。各国政府は企業に対し、監視活動要請に関する集合データを、公開出来るようしなければならない。
国の法律が時代遅れになったのと同様、国際規範もまた技術進歩に対応できていない。規約人権委員会のプライバシー権に関するジェネラル・コメント第16号は、商業インターネットが登場する以前に遡る1988年以降、更新されていない。新たな監視能力は、プライバシー他の諸権利を損なう恐れがある実態ついて国際的理解を進めるべきだ、とする特別報告者の勧告を、ヒューマン・ライツ・ウォッチは支持する。
前出のウォン上級調査員は「国のプライバシー保護体制を刷新しない限り、インターネットや電話を利用した瞬間にプライバシーを失う世界に私たちは急速に向かうことになる」と指摘。「携帯電話やインターネットの利用が地球規模で広がっている現在、すべての政府は、プライバシーの過度な侵害を恐れることなく、市民がこうした技術を利用できるようにしなくてはならない」と述べた。