(ニューヨーク) – 中国政府は、国内のインターネット上に蔓延している黒人に対する人種主義を認め、非難したうえで寛容を促し、偏見に対策する措置を講じるべきだ、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。中国のSNSプラットフォームで、政府に批判的なコンテンツは速やかに削除される。それと同様に、ヘイトスピーチをめぐるコミュニティの基準に抵触したり、人種差別や暴力をあおる可能性があるコンテンツも削除すべきだ。
近年、中国国内外の黒人に対する人種主義的コンテンツが、中国のネット上で一般的になっており、ネットユーザーがトラフィックを集めて利益を生み出す目的でこれらを作成している場合が多い。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2021年後半から、何百もの動画や投稿を分析した。ビリビリ、抖音(ドウイン)、快手(クゥアィシォウ)、微博(ウェイボー)と小紅書(RED)といった中国の主要SNSプラットフォームは、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」の下で人権を尊重する責任があるにもかかわらず、人種主義的なコンテンツに通常対処していないことがわかった。
「中国政府は中国とアフリカの反植民地主義的な連帯・団結を好んで喧伝するのに、中国のネット上で蔓延する黒人へのヘイトスピーチには知らぬふりしている」とヒューマン・ライツ・ウォッチの中国担当上級調査員である王亞秋は述べた。「中国政府は、アフリカへの投資に取り組み、アフリカ諸国との友好関係を築いても、こうした人種主義に起因する害をなかったことにはできないと認識すべきだ。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチが検証した動画や投稿の多くは、不快なステレオタイプで黒人を描写するものだった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、やむを得ない理由がない限り、これら人種的中傷や攻撃的な言葉の引用、イメージの使用はせず、また、これらを黒人とリンクさせることもしない。そうしたことをさらに促したり、これらが引き起こす害を永続させないため、というのがその理由だ。
アフリカに拠点を置く中国人SNSインフルエンサーが作成し、広く共有されているタイプの動画では、アフリカ人が貧しく頼りない存在として描かれる一方で、中国人(たいていはコンテンツの作成者自身)は、アフリカ人に仕事や住居、食料、金銭などを提供する裕福な救世主として描かれている。
もうひとつ一般的なタイプの人種主義的コンテンツは、インターレイシャル関係を中傷するものだ。中国人と結婚した黒人は、中国人種[EN1] を「汚染」した脅威として非難されている。とりわけ攻撃されているのが黒人男性と中国人女性の関係だ。
中国のSNSに黒人男性パートナーとの写真を投稿した中国人女性が、一部、殺害予告やレイプの脅し、同意なき個人情報の公開といったネット上の嫌がらせの標的となっている。
またヒューマン・ライツ・ウォッチは、黒人になりすまし、虚偽の敵対的な情報を拡散するアカウントも多く見つけた。中国人女性をむやみに求める黒人男性はよくあるテーマだ。「6Lack」として知られる米国の黒人歌手リカルド・バルディーズ・バレンタインJr.の写真や米国在住の黒人男性モデルのインスタグラム写真が、小紅書でなりすましアカウントにそれぞれ使用されていた。
一部のネットユーザーは中国当局に対し、黒人が中国で永住者になることや、黒人と中国人の結婚を禁ずるよう強く求めたり、米国で黒人を攻撃したネット投稿にしばしば用いられる人種主義的なシンボルや言葉を使用したりする[EN2] 。黒人の殺害を主張するユーザーもいた。
ネットユーザーは、人種主義を非難したり、人種主義の被害者を支援する中国人も標的にした。2021年4月、広州市に住むアフリカ人を支援する持続可能な開発NGO「チャイナ・ハウス」のウェブサイトが、人種差別主義者のネットユーザーたちに荒らされた。コメント欄には、「ボランティアの皆さん、よく頑張ったね。みんな死んでほしい」「漢への反逆者」「黒人が中国社会に溶け込むのを助けているギャング、お前たちに誰が金を流している?黒幕は誰だ」などと書き込まれた。
中国のSNSプラットフォーム ビリビリ、抖音、快手、微博は、いずれも人種的または民族的ヘイトや差別を助長するコンテンツを禁じるコミュニティ・スタンダードならびにガイドラインを公開している。小紅書はなりすましを禁止し、ユーザーに「他者の権利を尊重する」よう呼びかけ、人の外見に基づくコメントの作成や共有を勧めていない。
ビリビリ、抖音、微博、小紅書は、企業方針とプラットフォーム上の黒人に対する人種主義への対応に関して2023年6月にヒューマン・ライツ・ウォッチが送付した書簡に回答していない。抖音の親会社字節跳動(バイトダンス)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチが指摘した動画1本を削除したが、ある黒人の子どもをめぐる複数の動画に対しては何ら対応をしておらず、問題のある子どもの描写は「必ずしも特定のグループや人種と関連しているとはいえない」と述べた。
抖音は、同プラットフォームでコンテンツの節度を維持するためのガイドラインを守るのは「人力とテクノロジーの組み合わせ」頼みで、「黒人をターゲットにした違反コンテンツをはじめ、1日あたり平均300本超の動画およびコメントに対応している」と述べた。同社は、ヘイトスピーチ関連方針の策定で市民社会団体と協力しているかどうか、およびコンテンツの節度維持の結果に関する詳細については言及しなかった。
中国政府は、「グレートファイアウォール」として知られる、世界でもっとも洗練されたネット検閲体制のひとつを有しており、世界のインターネットからほとんど遮断された中国国内のネットでは、多くの言葉が禁じられている。中国の主要SNSプラットフォームには、政治的に繊細とみなされるコンテンツを削除または制限するコンテンツ管理者(モデレーター)が何千人もいる。中国のネット上の人種主義的なコンテンツの量および過激さは、各プラットフォームがこうしたコンテンツを禁止する自社基準を満たしていないか、対処をめぐる方針が不十分であることを示唆するものであり、いずれにせよ人権上の責任が果たされていない。
当局は特に、中国の重要な経済的・外交的パートナーであるアフリカ諸国がこうしたネット上の人種主義に反発するたび、差別を非難してきた。2022年にBBCは、屈辱的なフレーズを北京語で繰り返すよう指導されたアフリカの子どもたちをフィーチャーした動画を、中国SNS上で販売する「グリーティングカード動画」ビジネスの実態を暴くドキュメンタリー番組として放送した[EN3] [RY4] 。こうした動画は人種主義、および子どもの経済的な搾取と広く非難された。中国当局は国際的な抗議を受けて、「いかなる形態の人種主義も非難する」と述べ、「違法なオンライン行為」を取り締まると誓約するに至っている。
BBCの暴露に対するプラットフォームの対応は柔軟性を欠き、恣意的かつ不透明であることがウィットウォータースランド大学の調査で明らかになっている。「アフリカ」という用語を含むからと教育用動画さえも検索からブロックされたという。
近時に中国国内に住んでいた黒人たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、人種主義的なコンテンツをSNS各社に報告しても、コンテンツはガイドラインに抵触していないという自動応答のみだったと語った。上海に拠点を置く西アフリカ人男性は、「グレートファイアウォールの検閲スピードを考えれば、そのような(人種主義的)ものが検閲も禁止もされないでいるのはかなり衝撃的です」と話す。
中国で学び、中国に住み、「グリーティングカード動画」業界のドキュメンタリー制作でメイン・プロデューサーを務めたルナコ・セリーナさんは、アフリカ研究が専門の中国人学者を何人か知っており、大手SNS企業との連携を試みたが、十分な反応は得られずじまいだったと語る。「対話が生まれることもあるにはあります。 [プラットフォームは] あちこちでいくつか動画を検閲して、物ごとを少し沈静化させるかもしれない。でも長続きはしないでしょう。」
TikTok上で中国での生活について動画を制作し、多くのファンを抱える米国出身の黒人男性は、人種主義が蔓延している抖音に同じ動画を投稿するつもりはないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し5月に語った。「こうしたコメントを見ると、通りで私の前を歩いている人がネットで同じようなことを言い、そんなふうに考えているかもしれないと思ってしまって、とても苦しいです」と語る[EN5] [RY6] 。「あなたもあなたが存在することをひどく嫌がる人の近くにいたら神経がすり切れてしまうでしょう。」
前出のセリーナさんは、ネット上のヘイトが実際の暴力に変わる可能性を憂慮していると話す。「(黒人の)人たちが中国人と同じように抖音を利用し、家族に『娘よ、誕生日おめでとう』とか、そんなことを投稿をしているのを見てきました。でもその後に、誰かが[人種主義的な]絵文字をつけて、「中国から出て行け」などとコメントするのです。こういうことがとても恐ろしい。本音を言えば、私が一番心配していることのひとつは、ネット上の過激主義はたとえどんなものであっても、ネット上[だけに]永遠に留まり続けるわけではないということです。」
2019年、中国東部にある山東大学の留学生と国内の学生の「スタディ・バディ」プログラムに対して、性差別的および人種主義的な攻撃が急増した。ネットユーザーは大学が「美しい」中国人女学生を外国人の男子学生、特に黒人の学生に割り当てたと、誤った主張で非難。プログラムに参加した中国人女学生もターゲットにされた。一部のネットユーザーがキャンパスに現れて、学生に嫌がらせや威嚇行為をしたとも伝えられている。
これに対し大学側は、プログラムでは中国人女学生と外国人男子学生をペアにしていないと述べたものの、ネット上の及びリアルな嫌がらせ行為を非難することはなかったため、一部の女学生は失望を表明した。
中国政府は表向きは人種主義を非難しているが、国営メディアが人種主義を永続させている。国営テレビ中国中央テレビ(CCTV)の2018年春節祝賀番組では、中国のアフリカ投資の紹介を目的とした寸劇で、顔を黒塗りにした中国人女優が、「中国はアフリカのために多くのことをしてきた」「私は中国人が、中国が大好き!」などのセリフを言った。CCTVはその番組で人種主義の批判を受けたが、中国政府は2021年の祝賀番組で再び黒塗りの人物をフィーチャーした。アフリカの伝統文化を讃えるはずだった「アフリカの歌と踊り」と題されたパフォーマンスで、中国人ダンサーらが化粧で肌を黒くして登場したのである。
黒竜江省政府が制作した2022年のミュージカル「アイアンマン・イン・アフリカ」は、スーダンにおける中国人労働者の石油探査を賞賛するものだ。劇中では、スーダン住民を面白おかしく風刺したつもりが明らかな、黒いかつらをつけ、草でできたスカートをはいた中国人俳優たちが登場した。
中国も加盟する「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(以下ICERD)」は、締約国に対し「人種差別を非難」し、「あらゆる形態の人種差別を撤廃し、あらゆる人種間の理解を促進する」ことを目的とした措置を約束すること、ならびに「いかなる個人または団体による人種差別も後援せず、擁護せず又は支持しない」と約束することを義務付けている。
締約国政府のICERDの遵守を監視する国連人種差別撤廃委員会は、人種主義的ヘイトスピーチとの闘いに関する一般勧告の中で、「政府高官によるヘイトスピーチの公式な拒否およびヘイトに満ちた考えへの非難が、寛容と尊敬の文化を促進する上で重要な役割を果たす」と述べた。同委員会は、各国政府が「人種主義的なヘイトスピーチによってもたらされる害に注意を喚起する情報キャンペーンや教育政策」を実施すること、また「意見や表現の自由の保護やヘイトスピーチからの保護という国際規範に精通する」ためには、警察や司法への研修が「不可欠」だと勧告している。
中国政府は、特定のコンテンツに応じて対応を微調整し、肯定的または非懲罰的措置を通じてネット上のヘイトスピーチに対抗すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。これには、公的な教育、寛容の促進、扇動的な誤情報への公的な対処、威嚇されている人びとを保護する安全対策の強化などが含まれるうる。
「中国の主要SNSプラットフォームは、蔓延する人種主義的コンテンツに対処するための独自ガイドラインを履行できていない」と王亞秋は述べた。「中国当局はこの有害な環境の助長をやめるべきだ。」