Girls carrying water at the Doro refugee camp in Maban, Upper Nile state in South Sudan. Female refugees and humanitarian agencies say that the risk of physical and sexual assault while collecting water or firewood is one of the gravest safety ad security concerns faced by female refugees. According to the UNHCR, the United Nations refugee agency, girls (under 18) are 32 percent of the entire Blue Nile refugee population registered in the four camps in Upper Nile state, South Sudan.

© 2012 Samer Muscati/Human Rights Watch

(ナイロビ)-スーダン政府とスーダン人民解放軍北部勢力との紛争が始まって1年以上が経つ。その間に、スーダン政府による青ナイル州と南コルドファン州での無差別な空爆と砲撃により、多くの一般市民が死傷している。政府軍部隊は村々を襲撃し、一般市民の財産の焼き払いや略奪、住民の恣意的拘禁、女性と少女に対するレイプに手を染めてきた。

報告書「包囲されて」(全38ページ)は、両州にある反政府軍支配下で立ち入りが困難な地域と南スーダンの難民キャンプへの、5度にわたる現地調査を基にしている。スーダン政府と反政府勢力スーダン人民解放軍北部勢力(以下SPLA-N)との間の武力紛争は2011年6月、州知事選挙の結果を巡って争いが起きた後、南コルドファン州で勃発した。本報告書は紛争勃発以降、政府軍による一般市民への無差別な空爆や攻撃を取りまとめると共に、スーダン政府が反乱軍支配地域に対する人道援助を許可しないことよる人びとへの影響をも詳述している。両州では数十万人の人びとが難民となり、ほとんど何もない状況での生き延びるほかない状況におかれ、一方20万人を超える人びとが南スーダンやエチオピアの難民キャンプに逃げ出している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局局長ダニエル・ベケレは、「スーダン政府による無差別爆撃は、女性・男性・子どもたちを殺傷している。人びとは恐怖に怯えて逃げ、飢餓に苦しんでいる。国際社会は沈黙し続けるべきではない。そのような人権侵害をただち止めるよう強く求めるべきだ」と述べる。

 

国連、アフリカ連合(以下AU)、アラブ連盟、欧州連合(以下EU)とその加盟国は、米国、中国、南アフリカ、カタール等の主要国と共にスーダン政府に対し、ただちに無差別爆撃を止めて援助活動を許可するよう、強い圧力をかけなければならない。また潘基文 国連事務総長に対し、紛争勃発以降、政府軍と反乱軍が行った人権侵害に対する調査委員会(COI)を設立するよう要求すべきだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員らは、政府支配下の町に対する無差別砲撃など、反政府軍による人権侵害の報告も入手したが、その事実を検証するために政府支配地域に立ち入ることは果たせなかった。

重大犯罪の加害者は責任を追及され、更に資産凍結や海外渡航禁止などの、対象者を絞った制裁を加えられるべきだ。大規模な犯罪に対する責任追及の必要性はとりわけスーダン国内において緊急を要する。スーダンのオマル・アル・バシール大統領、アーメド・ハルーン南コルドファン州知事、アブドゥラヒム・モハメド現国防相の3人はすでに、ダルフール紛争で行った残虐行為により、国際刑事裁判所(以下ICC)から逮捕状を発付されている。ICC検察官は12月13日に、同裁判所がダルフールで行った捜査についての進捗状況を、国連安全保障理事会に概略説明する見込みだ。

無差別空爆と攻撃

2012年10月に青ナイル州で行った現地調査で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、紛争勃発以降、無差別空爆と砲撃が行われている証拠を発見した。あるケースでは、2011年後半に17歳の女性が投下された爆弾の破片を頭部に受け、母親タハニ・ヌリンの目の前で即死した。

8月にコルムク郡西部のワデガ村の近くで起きた砲撃事件では、農作業中の隣人アフメドが砲弾に直撃されたのをある農民が目撃し、次のように話した。「砲弾が当たって、アフメドの体はバラバラになっちゃったんだ。遺体がアフメドだって分からないほどだった。俺たちは砲撃が始まってみんな逃げて、帰ってきたらバラバラになった遺体を見つけたのさ。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチが10月下旬に訪れた南コルドファン州でも、無差別爆撃の証拠を発見した。10月2日にヘイバン市場での空爆により、一般市民1人が死亡、6人が負傷した。負傷者の1人であるフワイダ・ハッサンは、市場に向かって歩いていた7人の子どもの母親であり、爆弾の破片で腹部に切り傷を負った。9月中旬にもカドグリの西に位置する村に爆弾が投下され、ファディラ・ティア・コフィの農場に着弾、70歳代女性の左足の一部を吹き飛ばした。この空爆で彼女は歩行不能になっている。「なんで爆弾が落ちて来たかは知らないよ。私は働いてたんだ。百姓仕事してたんだ。だけど今は這うことしかできないよ。」

無差別爆撃は戦争法の基本的原則に違反している。戦争法は交戦勢力に、戦闘員と一般市民を常に区別し、戦闘員と軍事目標だけを狙うよう義務づけている。スーダンで使用されている爆弾は、誘導機能が備わっていない。また、多くの場合アントノフ貨物用航空機か高空飛行中のジェット機から投下されるので、兵士と一般市民を区別することは不可能である。特に青ナイル州では、即製で粗雑な「バレル爆弾」(着弾時に極めて危険な発射物となる釘などのギザギザした金属片を、爆薬と共にドラム缶に詰めた爆弾)が使用された証拠を、ヒューマン・ライツ・ウォッチは発見した。

政府地上軍部隊と民兵組織もまた、戦闘員と一般市民を区別せずに村々に攻撃を加えていたことを、ヒューマン・ライツ・ウォッチは両州で明らかにした。青ナイル州ゲバニツ周辺の村の住民だった25歳の女性とその義理の母親は、紛争の際に何度も政府系民兵組織である人民防衛軍による様々な攻撃を目撃したと話した。彼女たちは6月に同民兵組織は収穫作業中の村民に発砲、民兵が女性2人を含む3人を拉致したのを目撃している。

国際人道法は、一般市民と私有財産を標的にすることを禁じている。スーダン軍と反政府軍は共に、一般市民を守るための実行可能なあらゆる措置を取る義務がある。一般市民が負傷する可能性がある場合、住民に紛争地帯から離れるよう警告を発する義務があり、兵士は一般市民が生活する地域で野営や軍事活動をしてはならない。

政府支配下の町では、スーダン人民解放運動北部(以下SPLM北部)の関係者、あるいは関係があると疑われた者は、逮捕される危険がある。紛争が青ナイル州に拡大した2011年9月に、SPLM北部は正式に禁止された。同党党員と疑われた数十人が、南コルドファン州、青ナイル州ほかスーダン全域で現在拘禁されている。スーダン政府は拘禁者の氏名をただちに公表すべきである。政府当局は法律的根拠なしで拘禁している者全員を釈放すると共に、法的に拘禁している者については虐待や拷問に遭わないよう、適正手続きについての権利を保証しなければならない。

深刻化する人道危機

ヒューマン・ライツ・ウォッチが訪れた両州の反乱軍支配地域内で調査員らは、難民となった一般市民の集団が、森の中や、大きな岩や洞窟の近くの丘、そのほかの場所に安全を求めて避難しているのを発見した。ヒューマン・ライツ・ウォッチが出会った人びとは皆、心許ない保存食糧に頼って生き延び、飲料水および必要最小限の医薬品や医療も、ほぼ全く入手できない状況だった。

スーダンは反政府軍支配地域への出入りを制限し、食糧やサービスの提供をしようとする中立的人道援助団体の立ち入りを禁じ、反乱軍支配地域を事実上封鎖している。その措置が一般市民の、医薬品や必需品の入手、医師や教師などからのサービス受給を妨げている。調査員らは、診療所や学校の一部も、空爆のダメージにより閉鎖や放棄に追い込まれている実態を明らかにした。

スーダン政府による空爆および両州に対する食糧などの援助不許可の結果、20万人を超える人びとが南スーダンとエチオピアの難民キャンプに逃れるほかなくなった。難民キャンプにごく近いスーダンとの国境地帯では今も紛争が続いている。難民キャンプの中や周辺には様々な軍事勢力に属する武装兵士が駐在し、一般市民の安全を脅かし続けている。難民の女性と少女は、性的暴力の脅威が続いていると訴えていた。

国連・AU・アラブ連盟が数カ月間交渉した後の8月、スーダンは通称「3グループ提案」を実施する協定に合意した。その提案は、それら全3グループによる監視を取り決めると共に、反乱軍支配地域で生活する人びとへの援助のあり方を提示した。しかしスーダン政府は、合意期間内に人道上の必要性について事前評価行うための最初の措置を取らないまま、今その協定は失効したと主張している。

「紛争の際、一般市民への食糧援助および人道援助を恣意的に阻止するのは、国際人道法に違反する残虐な措置である」と前出のベケレ局長は指摘。「食糧、医薬品ほかの援助を阻止する政策を講じる者に対しては、国際社会が対象者を絞った制裁措置を科すなど、責任を問うべきだ。」

背景

青ナイルと南コルドファンの両州は南スーダンとの国境の北側に位置し、その住民は一般的に、長く続いたスーダン内戦の際、南のスーダン人民解放軍(以下SPLA)を支援していた。スーダン政府とSPLAの武力紛争は2011年6月に南コルドファン州で勃発し、2011年9月には青ナイル州に拡大した。

22年続いた内戦を終結に導いた2005年の包括和平協定下での安全保障協定を巡って、スーダン与党の国民会議党とスーダン人民解放運動(以下SPLM)の間で緊張が高まる中、両州での武力紛争は勃発した。

現在SPLM北部として知られるSPLMの北部勢力は、和平協定は住民協議が終了後撤退まで6カ月の猶予を関係軍事勢力に与えており、今回の武力衝突勃発はその前だった、と主張。両州の住民がスーダンの一部に留まりながら自らの統治機構がどうあるべきかについて自己決定できるよう、包括和平協定は住民協議を義務づけている。