Still image from the Human Rights Watch video Sudan: Blue Nile.

© 2012 Human Rights Watch

(ジュバ)-スーダン青ナイル州の一触即発状態の国境紛争で、民間人に対する人権侵害が行われている、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチが2012年4月に青ナイル州で行った調査を基に報告した。スーダンと南スーダンの間の新たな紛争が、より広域的に国境地帯に影響を及ぼす恐れがある中、青ナイル州の民間人は、ヒューマン・ライツ・ウォッチが2011年8月に訪れた隣州の南コルドファン住民と同様、スーダンが行っている無差別爆撃などの人権侵害による苦しみに耐え続けている。

青ナイル州は、スーダン政府が外部者の立ち入りを概ね禁止している。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じた目撃者は、2011年9月に当地で武装紛争が勃発して以来、スーダン武装軍が行ってきた民間人居住地域での無差別爆撃、大量殺人その他の重大な人権侵害について詳述した。戦争犯罪に該当する可能性のある事態が発生していることを証言は示唆している。

スーダンが民間人居住地域での無差別爆撃を止めると共に、同州での援助活動を直ちに許可するよう、国連とアフリカ連合は要求するべきだ。国連安全保障理事会は、南コルドファン州と青ナイル州で起きている事態について、国連人権高等弁務官事務所による徹底的かつ公平な調査を許可するよう、スーダン政府に強く求めるべきだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ダニエル・ベケレは「青ナイル州での戦闘の結果、同州住民たちは、家や家畜を放棄せざるを得ない状況に追いこまれ、難民化してしまった。人びとは、超法規的処刑、恣意的逮捕、財産に対する大規模な略奪と破壊が行われたという、恐ろしい証言をしている。この申し立てについて捜査を行い、加害者の責任を問う必要がある」と語る。

青ナイル州に於ける事態に関する情報は殆ど表に出て来ていなかった。スーダン政府が、ジャーナリストや独立した関係者、或いは援助団体などが、昨年6月に紛争が勃発した青ナイル州や隣の南コルドファン州に立ち入ることを認めてこなかったためだ。青ナイル州で9月に紛争が広がったが、2011年7月に当地の平和維持活動に関する国連のマンデートが期限切れして以降、民間人への戦闘開始後の影響を記録する国連監視員は存在していない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチが青ナイル州で行った調査では、9月以降スーダンによる爆撃で多くの民間人が殺傷されたほか、市場、民家、学校、農地、援助団体事務所などの民間人の財産が破壊されていることが判明した。

南スーダンの難民とスーダン内の国内避難民は、共にヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、9月以降に行われた空爆により、自宅から逃げ出さざるを得ない状況になったと話していた。聞き取り調査に応じた殆どの人びとは、9月から11月の間に村と農地を放棄し、食糧や水の確保が困難な状態で、数ヶ月間青ナイル州内を移動している。10万以上の人びとが南スーダンとエチオピアで難民生活を送っていると同時に、辺境の地に取り残された数千人に上ると見込まれる集団を含め、他に10万人もの人びとが青ナイル州で国内避難民となっている。

その3ヶ月前から武力衝突が始まっている青ナイル州と南コルドファン州は、南スーダンとの国境の北側に位置しており、スーダンにおける長い内戦の間、南スーダンのスーダン人民解放運動/軍と連携していた人びとが生活している場所である。

2005年に成立した包括和平協定(以下CPA)に関する安全保障上の課題の調整に関して、スーダンの支配政党である国民会議党と、北部のスーダン人民解放運動(以下SPLM)の間で緊張が高まる中、南コルドファン州と青ナイル州の双方で武装紛争が勃発した。国際刑事裁判所からダルフールでの戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド罪の各容疑で指名手配されている、スーダンのマル・アル・バシール大統領は、スーダン人民解放軍(以下SPLA)のスーダン立ち退き期限を、2011年6月1日と設定していた。

現在スーダン人民解放運動・北部(以下SPLM北部)として知られている、北部のSPLMは、包括和平協定によって関係勢力は、市民との協議を完了後、撤退するまで6ヶ月間の猶予を与えられており、武力紛争が勃発したのは協議が行われる前だったと主張した。協議はCPAによって義務付けられており、両州の住民は、彼らがスーダンの一部に留まっている間に統治システムについて決定出来るとされていた。

9月1日夜、青ナイル州都ダマジンにおいて、スーダン武装軍と、和平協定に従ってそこに駐留していたSPLAの残存部隊との間で戦闘は始まった。ダマジンの目撃者は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、政府軍兵士は戦車と重火器を使用し、住居とマリク・アガル文化センターなど民間人の財産を破壊したと話した。その後、兵士と国治安部隊は、SPLM北部のメンバーと疑った人びとを彼らの自宅や街頭で一斉に逮捕し、更に広範囲にわたって略奪を行った。

9月2日にアル・バシール大統領は青ナイル州に非常事態宣言を発令、同州の知事であったSPLM北部議長、マリク・アガル氏を解任して、軍指揮官に替えた。翌日当局は、SPLM北部の非合法化を公表、事務所を押収し、党指導者と党員をスーダン全域で逮捕した

ダマジンの隣町ロセリスを担当する地方長官でありSPLM北部党員のシュクリ・アフメド・アリは、他の党指導者と共に町を逃げた。そして、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、9月3日に彼らがダマジンに入ろうとした際、ロセリスとダマジンの間にある検問所で、議長が車の中にいると信じ込んだらしく、政府軍兵士が家族2人と運転手を射殺、親族に重傷を負わせたと訴えていた。

「スーダン当局は明らかに、著名な野党党員と野党支持者であると疑った民間人を、彼らの基本的人権を全く顧みることなく、ターゲットにしている。スーダンは人権侵害に加担した部隊の責任を問い、不当に拘留している人びとを全て釈放する必要がある」と前出のアフリカ局長ベケレは指摘する。

その数日のうちに、ダマジン、ロセリス他の町の男性数百人が、軍兵舎、国家公安事務所、その他の拘留地に連行された。多くは数週間から数ヶ月間容疑のないまま拘留された。元被拘留者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、暴行を受け、過密状態の部屋で寝かされ、睡眠を奪われ、食糧と水も与えられず、拘留中に他の被拘留者が処刑されるのを目撃したと語っていた。

拘束問題を扱う弁護士たちは、未だに200人以上の人びとが拘留中或いは所在不明であると見ている。スーダン司法長官事務所は、3月に132人の被拘留者への捜査を完了し、国家反逆罪とスパイ罪の容疑で起訴したと公表した。政府当局は弁護士に、起訴、被拘留者への接見、名前と拘留地のリスト、或いは彼らに対する正確な容疑などの情報の提供を拒否してきた。

スーダン政府は、国連、アフリカ連合、アラブ諸国連盟が提案した、人道支援のために南コルドファン州と青ナイル州立ち入りを許可するSPLM北部の協定への署名を拒否している。

「人権監視員を含む世界の目を締め出すのは、スーダンが許し難い犯罪を隠そうとしているという懸念を増大させるだけだ」と前出のベケレは指摘する。

 

青ナイル州での攻撃に関する目撃者の証言については、以下をご覧ください

民間人居住地域への無差別爆撃

ヒューマン・ライツ・ウォッチは12ヶ所の爆撃現場を訪問し、目撃者と幾つかの爆撃の被害者に聞き取り調査を行った。一例を挙げると、11月10日午後2時頃、目撃者によると、アントノフと見られる航空機が、バラトマ村に少なくとも9発の爆弾を投下し、少なくとも2人の子どもを含む11人を殺害(うち9人は即死)、21人を負傷させている。

28歳の母親で当時妊娠していたキルゲ・コジャ・ドト氏は、近くに爆弾が落ちて来た時、バラトマの市場の中で座っていた。

「飛行機の音が聞こえて、見上げてそれを見てたら、爆発の音が聞こえたの。」「そしたら私は地面に倒れてて、近くにいたみんなが泣いてて、私は立って歩こうとしたんだけど出来なかったわ。その時足をやられているのに気付いたのよ。」ドトの左足は吹き飛ばされていた。彼女は現在、南スーダンのドロ難民キャンプ内の、草で出来た小屋に閉じこもって生活している。

青ナイル州での複数の目撃者の報告で、2011年の年末、コルムク郡内の町や村で明らかな無差別爆撃が数回行われ、複数の民間人が殺害されていたことが判明した。報道によれば、2011年10月初めにも、コルムク郡西部のメイアル村への空襲で、爆弾が1軒の民家に落ち民間人7人を殺害した。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ヤブス地域にある援助団体事務所が破壊された現場を視察した。

南スーダンに越境しようとしていた難民は、ガファとアルフジの国境検問所で、無差別爆撃の被害に遭った。3月26日、アルフジに、8発の爆弾が落ちた。当時そこには南スーダンの難民キャンプに越境して入る直前の難民数百人が集まっていた。爆弾で民間人4人が負傷し、家畜が殺された。ヒューマン・ライツ・ウォッチはアルフジでクレーターの1つを確認。目撃者は、町から少し離れた所にある、難民がいた森の中に出来た幾つかのクレーターについても語っていた。

スーダンは誘導装置のない爆弾を使用し、多くの場合はアントノフ貨物機から人力で爆弾を転がし出す手法なので、精密爆撃が出来ない。民間人居住地域での軍事目標を正確に狙えない兵器の使用は、そのような攻撃を本質的に無差別なものとし、国際人道法に違反する、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

国際人道法は、武力紛争を行っている両陣営に、民間人への危害を最小限に抑えるため、あらゆる実行可能な事前警告を行うよう義務付けている。SPLA北部の戦闘員は、民間人居住地域から作戦の展開或いは攻撃の開始をしてはならず、自分たちの存在が、民間人に有害な影響をもたらす危険性のある民間人密集地域での活動を、可能な限り避けなければならない。

空爆の影響

無差別爆撃は、青ナイル州の民間人住民の間に明確な恐怖を伝播させた。訪れたスーダンと南スーダンの難民キャンプを含む全ての地域で、住民は空爆の際に退避するための塹壕を掘っていた。

青ナイル州で生活している国内避難民は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、食糧、水、医薬品がわずかしか入手できず、野生の果物や植物で飢えをしのいでいると話していた。また彼らの子どもは学校に通うことが不可能な状況にある。

伝えられる所では、退避するために援助が必要な辺境地域、或いはスーダン政府軍部隊が立ち入りを阻止している場所、とりわけバウ地方のマグハジャに、数千人の人びとが取り残されている。雨季が迫ってくると、青ナイル州から南スーダンやエチオピアの難民キャンプに辿りつくのは、数週間では不可能になることが予想される。

スーダン政府には、援助団体の同州全域への立ち入りを許可する義務がある。国際人道法は、武力紛争の当事者全てに、困窮し敵対行動をとっていない民間人に対する、公平な人道援助の緊急かつ自由な通行を許可し、促進するよう義務付けている。

民間人への攻撃と大量殺人

9月にダマジンで戦闘が勃発した後、スーダン政府軍部隊は南に移動し、反政府軍の本拠地の1つであるコルムクに向かって前進、11月にそこを占拠した。南スーダンに逃げたコミュニティ指導者によるヒューマン・ライツ・ウォッチへの話では、スーダン政府軍部隊はSPLA北部部隊と衝突し、コルムクに繋がる主要道路沿いにある、数十の村で軍事作戦を行った。

政府がコルムクを奪取したのに続き、政府軍部隊はインゲサナ山地周辺の村々でも軍事作戦を行った。衝突は同地域で継続し、未確認の複数の報告によると、4月15日にコル・マクサで国内避難民11人が、政府軍部隊の砲撃で殺害された。

インゲサナ山地山麓の戦略上の拠点であるバウ出身の教師が、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員に対し、12月に兵士が町の3方向から入って来て、民間人に向かって発砲したのを見たと話した。その教師は、学校警備員と14歳の羊飼いの少年を含む10人の男性と少年が殺害されたと話していた。彼の話では犠牲者に戦闘員或いは武器を携行していた者もいなかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチはその事件の被害者のうち、8人の死亡については確認できなかった。

目撃者はヒューマン・ライツ・ウォッチに、SPLM北部党員が処刑されたと話した。9月にスーダン政府軍部隊とSPLA北部との間で戦闘が行われた後、バウの南西に位置するエル-シレク村で、SPLM北部の民間人党員6人の遺体が手足を縛られ、喉を切り裂かれた上に頭部に銃傷のある状態で発見された、と処刑の数時間後に遺体を発見したSPLM北部の職員がヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。彼の話では6人は全て民間人党員だった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、その殺害が起きた状況を独自に検証することは出来なかった。

国際法に従って、スーダン軍部隊とSPLA北部は双方、民間人の犠牲者を最小限に抑えるため、軍事作戦の際あらゆる実行可能な事前警告を行うよう義務付けられていると共に、民間人を故意に標的にすることや超法規的処刑は厳しく禁止されている。またそのような行為は戦争犯罪となる。

ダマジンを含む多くの地域で、スーダン政府が盛んに動員している、フェラタ族その他の遊牧民族から徴用された補助軍事部隊である人民防衛軍(以下PDF)の姿が目撃されている、と聞き取り調査に応じた指導者たちがヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。スーダンは、地域武装紛争にPDFを長期にわたり使用しており、彼らの紛争への参加が、この数十年間のスーダンにおけるダルフールその他各地での地域紛争を悪化させている。国際人道法の規定はそれらの部隊とスーダン政府軍にも等しく適用される。

恣意的逮捕と超法規的処刑

SPLA北部軍部隊が駐留するダマジン他の町で戦闘が勃発した際、政府軍部隊は、SPLM北部と、SPLA北部の軍事部門との推定上の関係を根拠に、民間人を一斉検挙、拘束し、口頭及び身体的な虐待を加え、殺害したと、目撃者はヒューマン・ライツ・ウォッチに話していた。捕えられた者の多くは、自らの政治的所属を強制的に放棄させられた後にのみ釈放されたと地元団体は報告し、元被拘禁者もそのようにヒューマン・ライツ・ウォッチに話した。

現在南スーダンに住んでいる、ロセリス出身の23歳の男性は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、国家治安部隊の将校が自分を逮捕し、自宅から連れ去って、自分と36歳の兄がSPLA北部の兵士であると非難し、3週間以上も過密状態の留置場に拘禁したと話した。

「彼らは俺たちの手を縛り、ランド・クルーザーの中に押し込んで、ベルトで殴って、“お前らをこき使ってやる”“お前ら色んな目に遭うぜ”って言ってた。人が病気になってるって訴えたって、[指揮官は]“死なせろ、連中はクファル[異教徒]だ。”って言ってた。」

拘禁されている間、彼は他の被拘禁者が激しく暴行され、ある時には軍将校が留置場の外で2人の男の頭部を、至近距離から撃って即死させたのも目撃した。釈放にあたり、国家治安部隊の将校は、治安部隊に協力するよう彼に圧力を掛け、毎日出頭して確認を受けるよう命令した。

SPLM北部党員である事が知られている州大臣の護衛で33歳の、イサ・ダファラ・ソバヒ氏は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、9月2日の朝、大臣の自宅で複数の兵士に逮捕され、暴行を受け手錠を掛けられた上に、“クファル(異教徒)”と呼ばれ、“お前はアラーを分かっていない”、と言われ侮辱されたと訴えていた。彼の話では、その日の朝逮捕された他の民間人と共に、彼は軍施設敷地内に拘禁されていた。

「彼らは、川にみんなを連れて行って射殺するんです。私自身も2日目に他の人3人と一緒に川に連れて行かれて、そのうち2人が殺されました。」兵士たちは彼を殺すと脅したそうだが、実行はしなかった。

「彼らは、“お前はいつもマリク[知事]と一緒にいるので、殺してやる。”と言ってました。」と彼は話していた。その日の遅く、彼は、赤ん坊を抱えた女性が逮捕に抵抗して、複数の兵士に射殺されたのを目撃している。彼はその日の夜刑務所から脱走することに成功した。

拘禁の問題を調査している弁護士たちは、未だに拘禁されている200人以上の人びとが、青ナイル州の拘禁センターか或いは、セナル州に隣接するセナルとシンジャにある刑務所に捕えられている、と考えている。

著名な詩人で前青ナイル州知事の顧問だったアベデルモニム・ラハマ氏は、9月2日に逮捕され、弁護士や家族との連絡を許されないまま、様々な場所に拘禁されていた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチなど複数の団体は、拘禁されている全ての者の氏名、所在、容疑を公開するか、或いは全ての政治的理由で拘禁している人びとを釈放するよう、スーダン政府に再三要求している。