(エルサレム) - ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で、イスラエルは2009年のガザ紛争時に起きた違法な民間財産の破壊について調査すべきであると述べた。加えて、イスラエル政府によるガザ地区の封鎖が破壊された住居の再建を妨げている事実を指摘、その解除を求めた。
報告書「すべてを失って:ガザ紛争時のイスラエルによる民間財産の違法破壊」(全116ページ)は、2008年12月から2009年1月にかけて3週間にわたり行なわれたイスラエル軍の「キャスト・レッド(Cast Lead)」作戦(=ガザ侵攻)の際、イスラエル軍がガザの民間人居住区を広く破壊した12事件を詳細に調査した報告書。破壊されたのは、住居、工場、農場、温室などで、いずれも正当な軍事目的もないのに破壊された。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、物的証拠、衛星画像、複数の目撃証言を基にして行なわれた。破壊行為が行なわれた際に、その周辺で戦闘があった形跡はない。
イスラエル軍がこうした破壊行為に及んだのは、パレスチナ武装グループが近隣から攻撃をしかけたり、武器を保管したり、トンネルに隠れるなど軍事的目的で展開しているためと、イスラエル政府は主張。また、ガザ地区の住居の多くはハマスが仕掛た爆弾で破壊されたのだ、とも主張している。しかし、こうしたイスラエル政府の主張は、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査で明らかになった証拠と一致しない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東局長サラ・リー・ウィットソンは、「紛争から約16カ月もたっている。しかし、今になっても、違法に民間財産を破壊したイスラエル軍の責任は問われていない」と述べる。「ガザ地区を封鎖して、住居再建を妨げている現状。これは、紛争が終結した今もなお、イスラエルがガザの一般市民を長きにわたって懲罰し続けていることに他ならない。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエル軍が懲罰目的などの違法な目的で、民間財産の破壊行為に及んだことを示す証拠を12事件すべてで発見。これは、適法な軍事目的なくして、民間財産を故意に破壊してはならないとする国際人道法(戦争法)規定に違反する。うち7つの事件では、イスラエル軍が、地域を制圧した後、咋年1月18日の停戦発表を受けてガザ地区から同軍が撤退する直前に、多くの建造物を破壊した事実が、衛星画像及び目撃証言により裏付けられている。
イスラエル政府によるガザ地区の包括的封鎖は、2007年6月のハマスによる同地区掌握をきっかけにした一般市民に対する集団懲罰の一種である。ヒューマン・ライツ・ウォッチがイスラエル軍による破壊行為を調査・記録した地域はもちろん、ガザ全体で復興は大きく妨げられている。イスラエル政府はいくつかの修復プロジェクトのためにセメントの搬入を許可しているものの、その量は住宅再建の需要と照らし合わせると「バケツの中のひとしずく」であると、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長も今年の3月下旬に指摘した。
ガザ地区封鎖は、「キャスト・レッド」作戦以前から実施され、作戦前からガザ地区の人道状況は悪化。そして、イスラエル政府当局は、この封鎖を解除する時期について、ハマスが2006年に拘束したイスラエル軍のギルアド・シャリート軍曹を解放するとともに暴力を放棄するなどその他の政治条件を満たすとき、としている。ハマスによるシャリート氏の長期にわたる秘密拘禁は、残酷で非人道的な扱いを禁止する国際法に違反しており、拷問に該当する可能性もある。
エジプトとの国境にあるガザ地区南部の地下トンネルを通じて、多くの物資が密輸されており、破損した建物の多くは少なくとも部分的にこれらのレンガやセメント、あるいはコンクリート片の再利用により修復されている。しかし、これらの建築用資材は間に合わせに過ぎず、大規模な復興プロジェクトに適した質とはいえない。イスラエル軍の制圧地域で破壊された家々は事実上ほとんど再建されていないことを、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は明らかにしている。これは、建築用資材の供給不足により、その4分の3以上が貧困に陥っているガザ地区の住民にとって、全く手に負えないほど価格が高騰していることを示している。
ガザ地区南部に接する国境を閉鎖した点で、エジプト政府にも、ガザの一般市民に対する違法な集団懲罰の責任の一部がある。エジプト政府は特別な状況を除き、ラファ検問所における物資の流通や人びとの通行を認めていない。
戦争法は、住居や民間工場など、民用物への攻撃を禁じている。これらが正当な軍事目標となった場合のみが例外とされており、そのためには当該地域の住民が敵勢に明らかな軍事援助を提供しており、かつ、それが広く支配的な状態であることが条件。本報告書は、この戦争法に違反したとみられる破壊行為-「wanton destruciton/理不尽な破壊」(軍事的必要性によって正当化されない民間財産のはなはだしい破壊の意)-を検証している。こうのような破壊行為は、ガザ紛争にも適用される1949年のジュネーブ諸条約の第4条約(戦時における文民の保護-文民条約)への重大な違反に該当。こうした破壊行為を犯した個人、または命じた個人は戦争犯罪人として訴追されるべきである。
なお本報告書には、破壊行為が大規模ではなかった事例、軍事的な正当性が証明され得る事例、または誤った情報に基づきイスラエル軍が破壊をしてしまった事例は含んでいない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、少なくとも971人が住居を失ったとみられる完全破壊の例189件(含11工場、8倉庫、170住居-ガザ地区で破壊された総数の約5%)を調査して取りまとめた。イズビト・アブド・ラボ、ゼイトゥン、及びコザーア地区では、イスラエル軍が特定の地域で事実上すべての住居、工場、果樹園を破壊しており、これらの地域が組織的な破壊の対象であったことを示している。破壊された産業施設には、ジュース工場やビスケット工場、製粉所、7つのコンクリート製造工場などもある。本報告書では、これらの破壊行為が一定の傾向や戦略に基づくものであるかについては結論づけていない。しかしながら、イスラエル政府は、これらの例や、関連する政策決定の正当性について徹底した調査を行い、違法行為に及んだ個人を処罰すべきである。
前出のウイットソンは、「我々の集めた証拠は、イスラエル軍が不当に人びとの家庭や生活を破壊したことを明らかにしている」と述べる。「イスラエル政府が関係者を捜査・処罰することから逃げるのであれば、イスラエル政府は、ガザの一般市民のこの苦難を容認しているという意味に受け取られる。」
イスラエル国防軍(IDF)の法律顧問陣はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、本報告書で明らかにされた破壊行為の多くを徹底的に調査していると伝えている。しかし、この調査は、軍警察による刑事捜査ではなく、いわゆる「任務報告」に過ぎず、パレスチナ人の目撃証言の調査はない。「キャスト・レッド」作戦に関連して今日までに行なわれた150件の調査のうち、36件が刑事捜査で、残りはすべて任務報告。 刑事事件とされるものの内2件は、個人の建造物の破壊疑惑を含んでいる。
「キャスト・レッド」作戦下の違法な民間財産の破壊に基づき、唯一犯人が処罰された例は、ある指揮官がガザ前線で兵士のひとりに即決で下した懲戒処分だけ。罪状は「植物根こそぎ事件」だったとされている。イスラエル軍は、この事件や懲戒処分の内容に関してそれ以上の詳細を明らかにしていない。全体として、先の「キャスト・レッド」作戦に関連して、イスラエル政府が、今日までに刑事罰を科した兵士は1人だけ。懲戒処分となったのは、兵士と指揮官が4名のみ。
政府高官や軍高官による政策決定についての徹底的かつ公正な調査を、これまでイスラエル政府が行なっていないのは明らか。調査対象には、公共インフラ設備の破壊といった戦争法違反の原因となった紛争開始前の政策決定なども含まれる。
イスラエル政府は、本報告書内で指摘した1件の事件について、軍の内部調査結果を公表した。これはイスラエル軍が製粉所を攻撃した事件で、結論は「適法」というものだった。しかしながらこの結論は、ビデオ画像やその他の証拠と矛盾している。(2010年3月下旬、イスラエルは製粉所修復のためのセメント輸入を認可)イスラエル軍は、ヒューマン・ライツ・ウォッチが明らかにし、問い合わせ済みの11件については見解を公表していない。
一方のハマスも、実質的な調査もせず、しかも、ハマス構成員やその他のパレスチナ武装グループの戦争法違反責任を問うていない。「キャスト・レッド」作戦前後を通して、イスラエル人居住区へのロケット弾発射を中心とする攻撃をしかけたのはハマス側である。しかしながら、戦争法において、一方による違法行為が他方の違法行為を正当化することはない。
戦争法によっても、すべての民間財産の破壊が違法とされるわけではない。実際、ハマスなどのパレスチナ武装グループは、イスラエル軍に対抗するため、民間の建物を利用しており、武器もそこに保管している。更には、民間居住区にある建物に仕掛け爆弾を設置したり、その地下にトンネルを掘っていた。
加えて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ハマスなどのパレスチナ武装グループが人口密集地域からロケット弾を発射したことも非難。こうした場合、イスラエル軍による武装グループへの反撃の結果おきた民間財産破壊は、適法な「付随的損害」(まきぞえ被害)と評価されうる。パレスチナ武装グループは、自らが貯蔵庫に保管していた武器などの爆発物を、イスラエル軍が攻撃した結果起きた暴発のために民間建造物が破壊された事例についても責任を負っている。実際の戦闘の結果おきた建物破壊や、地雷だらけで通行不能な道路を避ける目的での建物破壊なども、同様に適法とみなされ得る。すべては個々の状況次第である。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、これらの可能性を考慮した末、民間財産の破壊に関して、正当な理由を示す証拠が全くない12件に焦点を当てた。これら12件では、イスラエル軍が破壊行為に至ったのは、パレスチナ側との戦闘時ではない。全件とも戦闘終了後に起きており、ほとんどの場合は、同軍がパレスチナ戦闘員を排除した後のことである。しかも、イスラエル軍は、破壊行為を行なう前に、住居を占拠し、戦車を路上や付近の丘に駐車し、有人・無人航空機からの監視を開始するなど、当該地域を制圧していた。
これらの地域の民間建造物を、将来、武装集団が、仕掛け爆弾設置や、武器貯蔵、トンネル堀りなどに使うかもしれないという単なる可能性だけでは、近隣一帯の(時に組織的)破壊や民間人の食料生産などのための工場や温室などの破壊は、戦争法上で正当化されない。
イスラエル政治指導者の一部は、武装グループのロケット砲攻撃を抑止するために、公共インフラ破壊をいとわないとする声明を公表。確かに、ガザのパレスチナ武装グループが戦争法に違反して、紛争前と最中にロケット弾をイスラエル人口密集地域に発射した数々の例を、ヒューマン・ライツ・ウォッチも取りまとめている。紛争時、およそ80万人のイスラエル人がロケット砲の射程距離内におり、その結果として3人の民間人が犠牲になり、他数十人もが重傷を負った。民間人に対する故意あるいは無差別のロケット弾攻撃を仕掛けたり、命令した個人は戦争犯罪に値する。しかしながら、前述のとおり、一方の戦争法違反が他方の違反を正当化することはない。
イスラエルは、エジプトとの国境15キロを除いて、ガザ地区の陸海空すべてを統制している。先の紛争以来、政府はガザ地区への限定的な食料、燃料、物資の搬入を認めているが、ガザ地区全人口の人道状況を改善するための需要に対応するには全く追いつかない量である。また、特定の再建プロジェクトのための建築用資材搬入は認めているものの、セメントや鉄骨、その他の基本的な資材の搬入は引き続き禁止している。確かに、ハマスがセメントを軍事用地下壕やトンネル建設並びに強化に使うのではないかというイスラエル側の懸念は理解できる。しかしその一方で、人道援助団体の報告によれば、イスラエル政府は建築用資材の最終用途を独立して監視するメカニズム確立の考慮を拒否しているという。イスラエルは、このようなメカニズム確立を早急に模索すべきである。
前出のウイットソンは、「米国、欧州連合、およびその他の国はただちに、イスラエルとエジプトに国境をあけるよう求めるべきだ。再建復興に欠かせない資材や、市民の生活必需品の供給ために」と述べる。