ベトナムは2015年、経済成長を遂げ、いくつかの社会指標における改善も見られた。しかし一方で、市民的・政治的権利の状況は遺憾なレベルにとどまった。ベトナム共産党は一党独裁制を維持し、それに対する反論を許しておらず、言論・意見・報道・結社・信教の自由といった基本的権利は制限されている。人権活動家や反体制派ブロガーは身体的暴力および投獄など、常に政府の嫌がらせや脅しに直面。農家は、補償が不十分なまま開発プロジェクトにより引き続き土地を奪われ、労働者は独立した組合の結成を許されていない。
環太平洋パートナーシップ協定(以下TPP)の大筋合意が近づくなかで、米議会の精査に直面していたベトナム政府が、2015年中は政治的動機による逮捕・裁判を最小限に抑えていたと、ベトナムの専門家らは指摘する。しかしそれでも、政府による反体制派活動家への注目すべき迫害は数多く発生した。
警察の人権侵害が地元メディアの注目を更に浴びるようになったが、警察は以前同様、自白を引き出すための拷問を被疑者に対してしばしば行った。また、強制退去・土地接収ほか社会問題をめぐる抗議集会への対応として、過剰な有形力を行使。そして、非暴力的な表現を犯罪とする国内法の改正に向けた措置も2015年中全く取られなかった。
政府批判者と活動家
共産党への脅威とみなされた独立系ライター、ブロガー、人権活動家に対する取締りも続いた。
ブロガーのグエン・ヒュー・ビン(Nguyen Huu Vinh・通名Anh Ba Sam)氏、グエン・ティ・ミン・トゥイ(Nguyen Thi Minh Thuy)氏、Nguyen Dinh Ngoc(通名Nguyen Ngoc Gia)氏は2014年に逮捕されたのち現在まで勾留されており、本レポート執筆時には公判もまだ開始されていない。
2015年2月、権利活動家のPham Minh Vu氏、Do Nam Trung氏、Le Thi Phuong Anh氏が、ドンナイ省人民裁判所で「国益を損なうために自由権および民主主義を乱用した」罪で裁判にかけられた。これは刑法第258条が適用された結果で、それぞれ18カ月、14カ月、12カ月の刑期を宣告された。
4月、当局がグエン・ベト・ズン(Nguyen Viet Dung)氏を、ハノイのホアンキエム湖で「木をまもる」平和的な行進に参加していたという理由で逮捕。刑法第245条を適用し、公共の秩序を乱したとして訴追した。8月にはタインホア省の警察が、同省の指導者たちや警察を批判する書簡を送付したとして、Dinh Tat Thang氏を逮捕。彼には刑法第258条が適用された。9月にタイビン省の警察が刑法第79条を根拠に、元政治囚のトラン・アン・キム(Tran Anh Kim)氏を「共産党政権の転覆を図る活動」で逮捕。同氏は刑法第79条に触れたとする5年半の刑期を、2015年1月に終えたばかりだった。
9月、政府は著名なブロガー、タ・フォン・タン(Ta Phong Tan)氏の刑期を一時停止し、米国に発つ氏を刑務所からノイバイ空港まで直接エスコートした。2014年に同様の状況で米国に亡命した活動家クー・フイ・ハー・ブー(Cu Huy Ha Vu)氏とブロガーのグエン・ヴァン・ハイ(Nguyen Van Hai・通名Dieu Cay)氏のように、彼女もベトナムに帰国すれば、禁固10年の刑期を全うせねばならないことになる。
2015年の最初の9カ月間で、少なくとも40人のブロガーおよび人権活動家が、平服の当局者に暴行された。被害を受けたのは、Pham Doan Trang氏、Nguyen Tuong Thuy氏、Nguyen Huu Vinh氏、Tran Thi Nga氏、Nguyen Chi Tuyen氏、Trinh Anh Tuan氏、Dinh Quang Tuyen氏、Nguyen Ngoc Nhu Quynh氏、Chu Manh Son氏、Dinh Thi Phuong Thao氏などで、暴行の加害者は誰ひとりとしてその責任を問われなかった。
信教の自由
政府は宗教的行為を法律や登録義務、嫌がらせ、監視を通じて規制している。宗教団体は政府の承認を得て登録することを義務づけられており、政府指名の管理委員の指示に従って運営しなければならない。
当局は多くの政府認定教会やパゴダが礼拝を行うことを容認する一方で、「国益」「公共の秩序」「国家大統一」に反すると恣意的にみなした宗教活動を禁じている。2015年に当局は、カオダイ教の非公認支部、ホアハオ教、中央高地など全国の独立派のプロテスタントおよびカトリックの家庭教会、クメール民族の仏教寺院、ベトナム統一仏教会の宗教活動に干渉した。
2015年1月、国連の宗教または信教の自由に関する特別報告者ハイナー・ビーレフェルト氏は、ベトナム政府の宗教へのアプローチについて「重大な問題の数々」を特定した報告書を発表。特に「宗教または信教の自由の行使を規制、制限、限定または禁止するために広くあいまいな法規定」の問題を指摘した。
2015年4月、内務省が信教と宗教に関する第4法案を発表し、これが2016年に国会で可決される予定だ。法案には既存の法的枠組みに関し、いくつかのわずかな改善点が含まれるが、当局が好まない宗教団体の迫害を許すメカニズムを保持したものであり、かつこうしたメカニズムに更なる法的権限を与えんとするものでさえある。
中央高地の少数民族は宗教的に「邪悪」で、政治的に「自律思考」であると、依然非難されており、脅しや強制的な信仰の放棄、恣意的逮捕、拘束下の虐待などの対象となっている。
1月、4月、7月には、未認可のホアハオ教系団体がフィン・フー・ソー教祖の生誕・命日を記念し、同教の創立を祝うことを警察が禁じた。参加者は脅され、嫌がらせや暴力を受けた。
2015年1月、地元当局がホーチミン市の独立系メノナイト教会の信者が礼拝に集うのを阻止した。Nguyen Hong Quang牧師は1年を通じて繰り返し暴行を受けている。暴力団はこのほかに、メノナイト教会のHuynh Thuc Khai牧師およびLe Quang Du牧師、ホアハオ教活動家のVo Van Thanh Liem氏、仏教僧Thich Khong Tanh師などに対しても暴力行為に及んでいる。
刑事司法制度
ベトナムの裁判所は政府と共産党に完全支配されたままであり、政治的または宗教的に政府と対立する個人に対し、公正な裁判の国際基準が恒常的に適用されていない。裁判に出席しようとする家族や友人に警察が脅し行為を働くのは日常的であり、時に拘禁するケースさえある。
警察の管轄下における死亡ケースは、2015年も引き続き報じられた。7月にVu Nam Ninh氏がハノイの第1拘禁センターで死亡。遺族は、「身体中に重傷を負っていました。顔、胸、腕は腫れ上がって、鼻やさ骨、指が折れて[中略]左足には深い刺し傷があり、鼻は血まみれでした。肩、うなじ、脇の下には大変な青あざができていました」と証言する。警察はメディアに対し、当該事案は捜査中であると述べている。
子どもを含む薬物依存者は政府の拘禁施設で、引き続き「労働療法」の名のもとに単純労働を強制されている。施設規則に違反したり、仕事のノルマを果たせないと暴行を受けたり、被拘禁者が言うところの飲まず食わずな懲戒房入りを命じられる。2015年に被拘禁者の総数は減少したが、政府は2020年までこうした施設に約1万5,000人を収容し続ける計画も発表した。
国際社会の主要アクター
ベトナムのもっとも重要な外交相手国は中国および米国だが、日本、カンボジア、EU、ASEAN、オーストラリアとも密接な関係にある。
対中関係は領海紛争が原因で依然として複雑とはいえ、共産党支配の維持というコミットメントの共有がより重要視されているといっていいだろう。中国の習近平国家主席は2015年11月にベトナム訪問を果たした。
米国は引き続き、ベトナムと全面的に関係を強化した。米国は人権状況の改善について、一部ベトナム政府に圧力もかけたが、2015年7月に共産党党首のグエン・フー・チョン書記長が訪米した際のオバマ大統領との会談で、人権問題が目立った議題として上ることはなかった。なお同書記長のホワイトハウス訪問は、ベトナム共産党党首としては初のものだった。
EUは人権尊重のための試みをいくつか行った。8月にはEU・ベトナム間の自由貿易協定が大筋合意している。日本はベトナム最大の二国間援助国であり、7月にはベトナムとTPP二国間交渉を終結させたが、その関係を利用しベトナム政府に公に改革を求めることはなかった。
オーストラリアとベトナムの関係も引き続き強化されたが、人権への配慮はおろそかだった。3月に二国間で包括的パートナーシップ推進宣言に署名し、8月には第12回人権対話を行った。
ベトナムとカンボジアは国境をめぐる摩擦を一部抱えながらも、密接な安全保障上の関係を維持した。ベトナムはカンボジアに対し、数百人規模のベトナム系山岳民族を庇護希望者として登録しないよう圧力をかけることに成功。結果、何十人もの山岳民族がベトナム本国に送還され、多くが迫害に直面している。