- 中国政府はチベット人に対し、長年住み慣れた村落からの移転を極端な圧力によって強要している。
- 中国政府当局者は、移転先では今より良い仕事に就けて収入も良くなるという誤解を招く説明をしている。
- 中国政府はチベットでの移住を中止し、移住や強制立ち退きに関する国内の法令や基準、また国際法に従うべきである。
(台北)中国政府当局者は、組織的に極端な形で圧力を行使し、長年住み慣れた村落からの移転を農村部のチベット人に強要していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で明らかにした。2016年以来、チベット自治区当局は、14万人以上の住民が住む500余りの村落を、しばしば数百キロ離れた別の場所にすでに移転させたか、目下移転させているところだ。
今回の報告書「『大衆を教育して変心させよ』:中国によるチベット農村住民の強制移住」(全71頁)は、チベットの「全村移転型」事業への参加が、どのような意味で国際法違反の強制立ち退きにあたるかを詳しく明らかにしている。当局者は、このような移転が「人びとの生活を向上させる」とか「生態環境を保護する」ことになるなどと誤解を招く説明をしている。政府は移転後1年以内に元の家を取り壊すことを原則として義務づけることで、移転した人びとが元の住まいに戻ることができないようにしているのである。
「中国政府はチベット人村落の移転は自発的なものだと言うが、公式メディアの報道がこの主張をくつがえしている」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国局長代理マヤ・ワン(王松蓮)は述べる。「報道からわかるのは、村全体が移転対象となった場合、住民が深刻な影響を受けずに移転を拒むことなど現実的にありえないということだ」。
今回の報告書では、2016年~2023年に発表された中国国営メディアの記事1,000本以上を分析した。動画を含むケーススタディ3例も含み、中国当局が村落移転に関する住民「同意」を取り付けるときの論法や手法を詳細に明らかにしている。
中国政府のチベット政策は、対象となる全村落の全世帯が移転に同意することとしている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、村落が移転の対象になったチベット人たちについて、当初は乗り気ではなかったという記事を複数発見した。あるケースでは、ナクチュ市内のある村の262世帯のうち200世帯が当初は1,000キロ近く離れた場所への移転に難色を示していた。政府は全員が自主移転に最終的に同意したと主張する。
政府当局者は、全員の同意を取り付けることができたのは、役人による「宣伝活動」と「戸別訪問による思想活動」の成果だとする。これはしばしば強制的な家庭訪問を伴う。場合によっては、階級が上の役人が何度も家庭を訪問して住民の「同意」を得る。このほか住民に対し、もし移転しなければ、いま住んでいる家への基本的なサービスを停止すると通告することもある。
役人たちは、移転をきっぱりと拒む村民を公然と脅迫し、「噂を広めた」と非難して、そうした行為を「迅速かつ断固として」取り締まるよう当局者に命じ、行政罰や刑事罰をほのめかす。さらに、当局は対象となる各村に合意形成をするよう求めた上で、その決定から外れる住民を一切認めないとすることで、全住民に同調圧力をかけている。
村落全体の移転事業のほか、チベット政府当局者は「個別世帯移転」という移転方法も用いている。これは通常、役人が貧困世帯を対象に選んで、収入を得るのにより適したと思われる場所に移転させるものだ。政府は2016年~2020年に、中国のチベット人居住地域でこの事業により567,000人を移転させている。
この事業に選ばれた村人は参加を辞退することができるが、国営メディアの記事によれば、中国政府当局者は、移転先では今より良い仕事に就けて収入も良くなるという誤解を招く説明を判で押したように行ってきた。だが、中国政府と連携するチベット研究者の調査によると、移住者の大半は農業や牧畜の技術を活かせない都市周辺地域に移動させられたため、持続可能な仕事に就くことができない。
このような集団移転は、チベット以外の貧しい農村地域でも行われている。とはいえ、今回取り上げたような動きはチベット人コミュニティに壊滅的影響を与えかねないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘する。チベットの学校教育、文化、宗教を「中華民族」のものに同化させようとする現在の中国政府のプログラムとともに、今回問題としている農村集落の移転は、チベットの文化や生活様式をむしばみ、大きな損害をもたらす。少なくとも、チベットで行われてきた移転事業の大半で、農民や牧畜民だった人びとは、これまでどおりの生計を営むことができず、農業以外の分野で賃金労働者として働き口を探すしかない地域に移動させられているからである。
「チベット農村の大量移転は、チベットの文化と生活様式を著しく蝕んでいる」と前出のワン(王)局長代理は述べる。「中国政府は、チベットでの移転事業をいったん中止し、現行の政策や手法が移住や強制立ち退きに関する国内の法令や基準、国際法を遵守しているかを調査する専門家レビューを実施すべきである」。