(ベイルート)エジプトでは近年、内務省の管轄にある警察と国家保安庁(NSA)の職員が、「テロリスト」とされた数十人を「銃撃戦」と称する不法な超法規的処刑によって殺害していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。
今回の報告書『「治安部隊は彼らを標的にする」:エジプト治安部隊による殺害と超法規的処刑の疑い』(全101ページ)では、この「銃撃戦」で殺害された「武装勢力の戦闘員」とされる人々は、殺害時には治安部隊などへの差し迫った危険にはなっておらず、多くの場合、それ以前に身柄を拘束されていたことを明らかにした。各国は、エジプトへの武器供与を停止し、現在進行中の人権侵害に最大の責任がある治安機関とその高官に制裁を科すべきである。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのジョー・ストーク中東局長代理は、「エジプトの治安部隊は、超法規的処刑を長年続けているが、それを銃撃戦での死亡と称している」と述べた。「エジプトに武器支援や治安維持活動支援を行っている諸国は、今こそそうした支援を中止し、エジプトでの過酷な人権侵害から距離を置くべきである。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調べによると、内務省は2015年1月~2020年12月に143件の「銃撃戦」で少なくとも755人が死亡したと発表したが、逮捕された容疑者は1人だけだった。死者のうち同省の声明が身元を特定したのはたった141人だが、判で押したように同じ表現が用いられ、詳細はほとんどわからなかった。
声明ではほぼ決まって、「武装勢力」側が最初に発砲したため、治安部隊が応戦せざるを得なかったという説明がなされる。当局は、殺害された全員が「テロ」容疑者であり、大半がムスリム同胞団に属していたとする。ムスリム同胞団への弾圧は、2013年7月にアブドゥルファッターハ・エルシーシ現大統領が起こした軍事クーデター以降、エジプト全土で最も厳しい反体制派弾圧にさらされている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプト本土で起きた9つの事件で殺害された75人のうち、14人の事例を綿密に調査した(ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれまでにも、北シナイ県での超法規的処刑をこれまでに複数回明らかにしている)。この9件の事件では容疑者は逮捕されず、治安部隊にも死傷者は出なかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、男性の親族や知人13人、エジプト国内で人権問題にかかわる弁護士と活動家、超法規的処刑を取材するジャーナリスト1人にインタビューを行った。
対象とされた犠牲者男性14人の家族や知人の話によると、全員が身柄を拘束されており、拘束したのはほぼ間違いなく国家保安庁で、殺害の報告前に拘禁されていた。うち8家族は、自分や友人または知人が拘束現場を目撃したと述べた。13家族が、身内は強制失踪させられたといい、殺害前には当局に所在確認を行ったと述べている。8家族からは、殺害された親族の遺体に火傷、裂傷、骨折、抜けた歯など、虐待の痕跡と思われるものを見たと思うと話している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、家族が当局に送った死亡証明書や電報などの公式文書のコピーを可能な限りで確認した。
多くの場合、家族は親族の死を報道で知った。13家族は、死因や遺体の場所などの情報を自ら探さなければならなかったと述べている。ある家族が遺体を取り戻せたのは2ヵ月後であり、2018年12月に親族を殺害された2家族は、いまだに遺体を取り戻すことができていない。
すべての家族が、遺体の所在を確認しようとしたところ、国家保安庁の職員から脅迫や嫌がらせを受けたと述べ、7家族が、葬式などをせずに親族を埋葬するよう治安部隊に強要されたと述べている。
殺害された親族が武力活動と関与していたかもしれないと答えたのは1家族だけだった。他の家族はすべて、殺された親族は暴力とは全く関係がなかったと述べ、政治活動とのかかわりも一切なかったと証言した人もいた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、犠牲者のうち5人の遺体が写っている非公式の写真や動画、および内務省が公開した「銃撃戦」2件の写真数十枚を検討対象とし、独自に鑑識を行った。3つのケースでは、分析結果が銃撃戦の説明とは齟齬を来していた。写真からは、3人の遺体の手は、死の直前に後ろ手に縛られていたか、手錠をかけられていたように見える。
あるケースでは、内務省が治安部隊による「銃撃戦」で殺害したと主張する1週間前に、政府系新聞でその19歳の学生が逮捕され、その後尋問されたことを報じられている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2021年4月と5月の2回にわたり、銃撃戦とされる事件に関する詳細な質問書を当局に送ったが、回答は得られなかった。
「銃撃戦」に関する内務省の声明のほぼすべてが、詳細な説明なしに「最高国家保安検察(SSSP)が事件を調査している」と言及している。このSSPPとは人権侵害を引き起こしている検察内の組織で、多くの場合根拠のない治安当局の申し立てに対して、おおむねお墨付きを与えている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調べでは、当局がいずれの事件についても真剣な、あるいは意味のある調査を開始したという記録はなく、家族が証言のために呼び出されたことも一度もない。ハマダ・アル=サウィ検事総長は、SSSPを治安部隊の行為や人権侵害に関する調査の監督から外すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。
内務省は、殺害された人の氏名など最も基本的な情報さえほとんど公開していないため、今回調査した以外の多数の「銃撃戦」で殺害された数百人について、はっきりとした結論を出すことはできない。しかし、事件にかんする資料から導き出された結論は、不法な殺害に明確なパターンがあることを示しており、報告されたほとんどすべての「銃撃戦」に重大な疑問を投げかけていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
このような殺害は、アル・シシ大統領が2015年6月に、暴力集団への対処には通常の裁判所や法律では不十分で、「迅速な正義」が必要だと述べた後に急増した。この発言は、当時のヒシャム・バラカット検事総長が武装勢力に殺害されたことを受けたもので、政府はその武装勢力をムスリム同胞団と関連づけていた。
生命への権利は、武力紛争や緊急事態であっても損なわれることのない固有の人権だ。エジプトが加盟している市民的及び政治的権利に関する国際規約や人及び人民の権利に関するアフリカ憲章を含め、国際法では略式・超法規的・恣意的処刑は明確に禁止されている。
国連の超法規的・恣意的・略式処刑の効果的な防止と調査に関するマニュアルによると、調査義務は、明らかに不法な死があった場合だけでなく、たとえ正式な申し立てがなくても、「不法な死の可能性があるという合理的な指摘」があった場合にも「発動」されるとされている。また、遺族は、死亡の状況や原因について十分な情報を得て、調査に参加する権利を持たなければならない。
今回とそれ以前の報告書(北シナイ県の事例も含む)で明らかにされたエジプト内務省および軍による人権侵害の度合いと範囲を踏まえ、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツをはじめとした、エジプトの国際的友好国は、現在進行中の重大な人権侵害に最も大きな責任を有するエジプトの政府関係者および団体、ならびにこれらの人権侵害への不処罰が継続している状況に責任がある者に対して、資産凍結を含む対象限定型制裁を課すべきである。
これらの国は、エジプト政府への治安部門と軍事部門にかかわる支援と武器供与を停止し、再開の条件として、重大な人権侵害の終結と責任者の処罰を課すべきだ。また、可能であれば、普遍的管轄権の原則に基づき、重大な人権侵害に責任のあるエジプト政府関係者の捜査を実施すべきである。
国連人権理事会は、エジプトの人権状況についてのモニタリングと報告を行うとともに、強制失踪、拷問、超法規的処刑などの重大な人権侵害を調査する独立した国際メカニズムを設置すべきである。
「エジプトの治安機関は、深刻な人権侵害を日常的に実行し、かつ隠蔽している」と、前出のストーク局長代理は指摘した。「エジプトの人権状況のモニタリングと報告を行う、国連の独立したメカニズムを設置することは、はなはだしい人権侵害に対して政府当局に払わせる代償を高める上で、きわめて重要である。」