May 26, 2009

タイ政府の責任と誤った抑止政策

タイ当局による、ロヒンギャ移住者と庇護希望者に対する最近の虐待事件は、残念ながら、過去の政策を継承したものだ。タイ南部に上陸するロヒンギャの数が増え続けている事態に対し、タイ政府は、抑止政策を取ることになった。この抑止政策は、タイ政府に課せられた庇護希望者に対する国際法上の義務に違反する。 2007年、タイ当局は、タイ南部のラーノン近くでロヒンギャ数百人を拘束し、タイ ビルマ国境の街メーソットの北のはずれにある収容施設に移送した。その後すぐに、 80人以上の被拘束者が親軍政の民兵組織 民主カイン仏教徒軍 (DKBA)の支配地域に強制送還された[30] DKBA は麻薬密輸、 違法 伐採、移住労働者への強要に関与していることで悪名高い組織だ。送還されなかった人の大半は、ビルマに密入国して自宅に戻るほどの金銭的余裕がなかった。多くはタイ国内にバラバラに引き返しており、一部は、最終的にマレーシアに人身取引されていった。

タイ政府は、ロヒンギャが国家安全保障への脅威だと主張する。タイの軍高官らはロヒンギャは移住労働者のふりをしたムスリム傭兵で、タイ南部のムスリム分離主義派のゲリラに志願するためタイに来たのだと繰り返し非難する。スポット海軍中将は 2007年に記者団に次のように話した。当局は「ロヒンギャと呼ばれるビルマ人ムスリムの集団の動向を引き続き注視している。〔......〕彼らはまともな仕事をしに来たのではなく、〔タイ南部の〕3県で活動する反政府勢力の支援だけが目的なのだ。〔......〕こうしたロヒンギャの傭兵は、20歳から40歳くらいまでで、暴力に手を染めた過去があり、金のためならどんな命令もいとわず実行する。」[31]

人身売買や物品の密輸に関わるネットワークの一部は、バングラデシュのコックスバザールからの武器密輸に関与している。とはいえロヒンギャがタイ国内での暴力的な紛争に関わったとされた事件や、タイ南部の最奥部で戦闘している分離主義者の武装集団との関係がとりざたされた事件も一切ない [32]

2008年初め、当時のサマック首相は、ロヒンギャを「無人島」に抑留するとすごんだ[33]12月末にタイ治安部隊は、拘束したロヒンギャを本土から遠く離れたサイデーン(赤砂)島に連行し、洋上に追い返すまでの一時収容施設とした。

2009年初めに行われたロヒンギャ取締作戦の責任者は、国内保安作戦司令部本部(ISOC)のマナス陸軍大佐だった。同大佐は、20044月のクルセー モスクでのタイ ムスリム虐殺事件の関係者として、 5年前のタイの裁判所の調査結果に名前が挙がっている人物だ。マナス大佐は、自らの部隊によるロヒンギャの処遇について何ら謝罪的な見解は示さず、自分の部隊は粗暴な手段は一切用いておらずタイ政府のやり方は国際 的な 人道 措置 に合致していると主張した。また『バンコク ポスト』の取材に対して「この問題が大騒ぎになったのは、国軍を中傷し、タイを悪く言う記者のせいだ」とコメントした [34] 。アピシット首相は調査をすると発表。しかし、移住者や庇護希望者に対する人権侵害について行なわれたこれまでの調査の例を見る限り、当局側の責任者が処罰される見込みはほとんどないといえるだろう。

マレーシアは仕事を探すロヒンギャ男性に人気の土地だ。クアラルンプール市とペナン市にはビルマ出身の人びとが多く住んでいるが、その中でロヒンギャのコミュニティーも拡大している。しかし難民、庇護希望者、移住労働者は総じて不安定な生活を送っており、マレーシア警察と、恣意的拘束や暴行 脅迫で悪名高い自警団( Ikatan Relawan Rakyat Malaysia 、通称「レラ」)とを怖れている。 [35]

インドネシアでは、スマトラ沖のプラオウェイ島に上陸した約 400人のロヒンギャが、当初は当局から強制送還されると脅されていたが、一時的に滞在することができるようになった。

バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプの状況は、この 2年間でわずかに好転した。しかし生活水準は相当に劣悪なままで、第三国定住の可能性も限られている。その他にも、数千人のロヒンギャが、バングラデシュ沿岸やビルマ国境付近でかろうじて生き延びている。そうした人びとに選択肢らしい選択肢はない。本国への帰還は危険すぎて不可能だし、バングラデシュ政府は彼らの難民登録や基本的な支援の提供を拒んでいて、援助はほとんど期待できないからだ。国境なき医師団(MSF)は、長年にわたってバングラデシュでロヒンギャ支援を行っている非政府組織の一つだ。MSFは次のように指摘する。「彼らには選択肢がそもそも存在しない。本国に帰還して投獄されるか、自らの存在を認めない国の不毛な土地の片隅に定住するかを選べというのは無理な話だ。」[36]

20094月のバリ プロセス会合で、ビルマ政府側の非協力的な態度に接したバングラデシュのディプ モニ外相は、ロヒンギャがビルマ出身者ではないとの主張に反論した。

〔......〕ロヒンギャは何世紀もミャンマー〔ビルマ〕に住んでいる。過去にはミャンマー政府の要職に就くロヒンギャもいた。国民のリストから名前を削除したので、彼らはもうミャンマーの一民族でないなどという主張が成り立つわけがない。過去に数十万人規模でロヒンギャが帰還していること、またロヒンギャ28000人の送還リストをミャンマー側が受け入れていることからも、彼らが実際にミャンマー国民の一部であることははっきりしている。バングラデシュは少ない資源の中で、ミャンマーからの難民に対して、これまで30年以上必要以上のことを行ってきた。ミャンマー政府は今すぐに自国民を引き取るべきだ[37]

船に乗っている男性全員が抑圧から逃れてきたロヒンギャなのではない。マレーシアで働くために紛れ込んだバングラデシュのチッタゴン地方出身のベンガル人もいる。ロヒンギャにとってもベンガル人にとっても、その旅費は極めて高額だ。ビルマやバングラデシュからタイ南部の海岸までの移動には 300ドル(3万円)の費用がかかり、密入国費として別に500~700ドル(57万円)の費用が後から請求される。ビルマ人の平均年収は300ドル(3万円)を下回っている上に、ほとんどのロヒンギャの収入はそれよりもはるかに低い。ロヒンギャがこのような高額の費用をすすんで負担するのは、一刻も早くビルマを脱出したいという彼らの心情 表れに他ならない。そのことはまた、諸外国政府が、 UNHCR に対し、自国内に入ってきたロヒンギャへのアクセスを許すべきであること、そして、 UNHCR が庇護希望者あるいは難民に該当するかの審査を行う間ロヒンギャを保護すべきという主張を補強するものだ。

[30]“Rohingya Refugees from Burma Mistreated in Bangladesh,” Human Rights Watch news release, March 26, 2007, http://www.hrw.org/en/news/2007/03/26/rohingyarefugees-burma-mistreated-bangladesh (accessed May 7, 2009).

[31]Achadtaya Chuenniran, “Battling the Piracy Threat,” Bangkok Post, June 16, 2007; Najad Abdullahi, “Myanmar’s unwanted boat people,” Al Jazeera, February 11, 2009, http://english.aljazeera.net/news/asia/2009/02/20092451910503370.html (accessed May 7, 2009).

[32]For a background to the smuggling networks on the Bangladesh-Burma border see, Willem van Schendel. “Guns and Gas in Southeast Asia: Transnational Flows in the Burma-Bangladesh Borderlands,” Kyoto Review of Southeast Asia, August 2006.

[33]“We’ll Put Rohingya on Desert Island: Thai PM,” The Irrawaddy, April 1, 2008. http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11231 (accessed May 7, 2009).

[34]Achara Ashayagachat, “Victims of distortion?” Bangkok Post, February 14, 2009. Thai military and government officials, including Colonel Manat, defended the treatment of the Rohingya at a public seminar at Chulalongkorn University in Bangkok, February 13, 2009.

[35]Committee on Foreign Relations, “Trafficking and Extortion of Burmese Migrants in Malaysia and Southern Thailand,” United States Senate, April 3, 2009, pp.13-14; Human Rights Watch/Asia, Malaysia/Burma: Living in Limbo. Burmese Rohingya in Malaysia, vol.12, no.4 (C), August 2000; Alice Nah, “A regional solution for Rohingya,” Malaysian Insider, March 20, 2009.

[36]Medecins Sans Frontieres, “Nowhere to go: Rohingya refugees in Bangladesh,” MSF Field News, August 30, 2009, and Refugees International, “Rohingya: Burma’s Forgotten Minority,” RI Field Report, December 19, 2008.

[37]“Myanmar requested to take back remaining Rohingya,” The New Nation, April 17, 2008 http://nation.ittefaq.com/issues/2009/04/17/news0195.htm (accessed May 7, 2009).