はじめに
2008年12月末、数百人を乗せたあふれんばかりの小型船舶が数隻、インドのアンダマン諸島に接岸した。船上にいた人々のほとんどはビルマ西部出身のロヒンギャ ・ ムスリムで、その多くが衰弱していた。乗員がインド当局に語ったところによれば、人々ははじめにタイに漂着したものの、タイ当局によって無人島で 2日間拘束された後、数袋の米とわずかの水だけを持たされて外洋に追い返されていた。またインド政府当局者と医師に対してロヒンギャたちが語った証言によると、洋上では船舶を停止させられ、ビルマ海軍の水兵から拷問を受けたこともあったという [1] 。
悲しいことに、これは特別な出来事ではない。ロヒンギャなどビルマ出身者の中には、抑圧から逃れようと、あるいは今よりまともな生活を送ろうとして、祖国を離れた人々も多い。東南アジアでは、逃避行にでるロヒンギャの存在は日常的なものだ。今回が特別だった点は、この人々の窮状が 2009年1月と2月に撮影されたことにあった。数百人の成人男性と少年が朽ち果てたボートに詰め込まれ、痩せ衰え、一部は血にまみれているというその様子、さらに、上陸後もさらに同様のショックと驚きを与えるシーンがテレビ画面に映し出された。それは現代の出来事とは思えないようなものだった。写真に収まっていたのは、数百人のロヒンギャ男性が、武装したタイ当局者(警察、海軍、国立公園警備隊など)に監視されながら、海岸であおむけになって一列に寝かせられている光景だった。タイの当局者は後にこう主張した。外部の人から見れば残酷に見えたとしても、こうしたやり方は大勢の容疑者を管理する際の標準的な方法なのだ、と。
タイのツーリストの集まるビーチでタイ当局に拘束されたロヒンギャの姿をはっきりと収めた写真の一部は、外国人観光客が撮影したものだった。もしこうした外国人が偶然その場に居合わせなかったとしたら、こうした話はせいぜい噂話止まりか、そもそも外に出ることすらなかったかもしれない。タイの海岸で撮影されたロヒンギャの姿は『サウス ・ チャイナ ・ モーニング ・ ポスト』紙に掲載された後に BBC と CNN で放映された [2] 。
タイ政府のロヒンギャへの処遇について、国際社会からは批判が噴出。批判は、タイ政府の冷淡な「押し返し」政策に集中した。この「押し返し」政策について、当時発足したばかりのアピシット政権は当初その存在を否定していたが、その後、調査を行うとの見解を示した。国際的な懸念が高まる中でも、例年と同じように密入国を手助けする業者が手配した船が続々とタイにやってきた。乗船者の多くはタイ海岸での出来事など知るよしもない。最終的にタイ政府は、話を歪めているとして報道機関を非難した。そしてロヒンギャは経済目的の移住者であって難民ではなく、タイに流入してくるロヒンギャを受け入れることもできないと述べた [3] 。
タイ政府には、一時収容施設を設置した上で、上陸したロヒンギャが難民、庇護希望者、非正規移住者のどれにあたるかを確認してはどうかとの提案がされた。しかし、タイ政府はこの提案を受け入れなかった。また、タイ政府の国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR)に対する対応はというと、タイ当局が拘束する数百人のロヒンギャに対する限定的なアクセスを許可しただけだった。さらに、ロヒンギャの大半に罰金を科し、ビルマに送還する準備をしていた[4]。ロヒンギャは送還を恐れているが、これは、ビルマ当局から激しい虐待を受けたり、ビルマから不法出国したとして恣意的に逮捕され、投獄や罰金刑のほか、ファミリーリストからの削除といった処罰を受けたりする可能性があるからだ[5]。1月から2月にかけて拘束されたロヒンギャ男性の多くは、依然として南タイで拘束されている。
今回タイに上陸したロヒンギャは、このようにして国際的なメディアと政府の注目を集めることになった。だがビルマとバングラデシュの貧しさや悲惨 な現状 、広範な人権侵害から逃れようと船に乗る人々の姿は、毎年決まった時期に見られるのであり、注目を集めた人々は、一連の脱出組のなかで最も最近の人々だということにすぎない [6] 。バンコクのNGO「アラカン ・ プロジェクト」の推計によれば、 2008年11月以降に、成人男性と少年6000人以上が、数十隻の漁船を仕立ててビルマかバングラデシュを出航している。報道によれば、昨年の2倍のロヒンギャが、こうした死と隣り合わせの危険な航海に出ている[7]。
最近の報道によって、東南アジア域内諸国の指導者たちは、ロヒンギャ問題を、過去のように無視するだけにはできないと認識した。そこで、ロヒンギャ「ボート ・ ピープル」問題を、 2009年2月末にタイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の際に、非公式に議論すると発表することになった。地域的な解決が必要なことは明らかだった。しかしながら、首脳会議ではこれといった成果はあがらなかった。4月にインドネシアとオーストラリアの共催で開かれるバリ ・ プロセス(=人の密輸 ・ 不正取引及び関連の国境を越える犯罪に関する地域閣僚会議)会合まで、解決を引き延ばすことが確認されたくらいだった。なおバリ ・ プロセスとは、 2002年に両国が設立した多国間メカニズムで、域内の政府と人の密輸と不正取引に関する法執行機関の国際協力の強化を目的としている。
この 4月のバリ ・ プロセス 会合では、ロヒンギャ問題について真の解決策が模索されることはなく、ロヒンギャ問題は、公式議題の外に追いやられてしまった。唯一合意された行動といえば、今後の会議でロヒンギャの移動を議論するための特別作業部会を設置することだけだった。ここで、ビルマ政府代表団(団長=キンイェ准将 ・ 警視総監)は、ロヒンギャはビルマの民族ではないと主張。オーストラリア、インドネシア、バングラデシュ各国外相はただちにビルマ政府を非難し、国外流出の原因となる過酷な処遇を行っていると指摘した [8] 。
今回、 ASEAN がこの問題に適切に取り組めなかったのは、ロヒンギャ問題 に長年 無関心だったことの反映 にすぎない 。こうした切迫感のなさからわかるのは、ロヒンギャを国家安全保障上の脅威だとするビルマや多くの近隣諸国の主張がでまかせだということだ。関係諸国にとっては、ロヒンギャは人の非正規な移動に関する比較的マイナーな問題にすぎないのだ。
UNHCRアジア地域コーディネーターのレイモンド ・ ホールは、こうした状況を次のようにまとめている。「最も基本的な諸権利を全体的かつ組織的に抑圧されている」という意味で「ロヒンギャが味わっている悲惨さは最悪すれすれだ 。ロヒンギャ以外の人々がこういう状況に陥っても、多くの場合は帰る家がある。だがロヒンギャには自分たちを迎え入れてくれる場所がまったくない。ロヒンギャの人々はこの『ホーム』という感覚を持つことができない。これは本当に悲惨なことだ。」 [9]
[1]A version of this report was originally published in Global Asia, vol.4, no.1, Spring 2009, pp.86-91.
[2]Larry Jagan, “Alleged abuse of refugees probed,” Bangkok Post, January 18, 2009; Ian Holliday, “Rohingya crisis a part of Myanmar’s ethnic strife,” South China Morning Post, February 9, 2009.
[3]Pradit Ruagdit and Acahara Ashayagachat, “Govt being pressured on Rohingya, says PM,” Bangkok Post, February 14, 2009.
[4]Aekarach Sattaburuth and Anucha Charoenpo, “Rohingya refugees fined for illegal entry,” Bangkok Post, January 29, 2009.
[5]“Desperate flight from unspeakable squalor,” International Herald Tribune, February 16, 2009; Medecines Sans Frontieres, “A Life of Fear with No Refuge: The Rohingya’s Struggle for Survival and Dignity,” MSF Field News, February 23, 2009, http://www.msf.org.au/from-the-field/field-news/field-news/article/a-life-of-fear-withno-refuge-the-rohingyas-struggle-for-survival-and-dignity.html (accessed May 7, 2009).
[6]Chris Lewa, “Asia’s new boat people,” Forced Migration Review, vol.30, April 2008, pp.40-42.
[7]Information compiled by Arakan Project, confidential updates from Chris Lewa, December 2008-March 2009. On file with Human Rights Watch.
[8]Tom Allard, “Rohingya not our problem, Burma tells Bali meeting,” Sydney-Morning Herald, April 16, 2009 http://www.smh.com.au/news/world/rohingya-not-our-problem-burma-tells-balimeeting/2009/04/16/1239474941566.html (accessed May 7, 2009).
[9]Greg Torode, “No home, little hope,” South China Morning Post, March 10, 2009.





