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World Report 2014: インドネシア

2013年の出来事

Keynote

 
Rights Struggles of 2013

Stopping Mass Atrocities, Majority Bullying, and Abusive Counterterrorism

Essays

 
Putting Development to Rights

Integrating Rights into a Post-2015 Agenda

 
The Right Whose Time Has Come (Again)

Privacy in the Age of Surveillance

 
The Human Rights Case for Drug Reform

How Drug Criminalization Destroys Lives, Feeds Abuses, and Subverts the Rule of Law

2013年に人権状況はほとんど改善しなかった。スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は2014年に改選を迎える。

大統領は、信教の自由と寛容の拡大を公に訴えている。しかしインドネシア国内の宗教的少数者への暴力と差別の増加に対して、現政権の対応は依然不十分である。その他の領域での懸念として、NGO活動に新たに課せられた過剰な規制、女性の権利を侵害する地方政令の激増、インドネシアに到着した多数の難民と移住者(保護者のいない子どもを含む)への人権侵害などがある。

林業セクター改革は2013年に多少前進した。しかし慣習地での伐採許可は、依然として地元での紛争と人権侵害の原因となっている。汚職と管理のまずさが原因で、国庫に入るべき数十億ドルの林業収入が失われている。また「グリーン成長」という政府公約の達成能力も脅かしている。

パプア州は、依然外国人ジャーナリストの立ち入りが実質的に禁止されており、情勢も流動的。治安部隊の人権侵害は野放し状態といえる。非武装の独立派住民への過剰な実力行使があり、実弾が用いられることもある。一方、武装勢力の自由パプア運動は小規模で組織力も低いものの、政府軍への攻撃を続けている。

近年のインドネシア地方選挙では、若手政治家が台頭している。たとえばジョコ・ウィドド・ジャカルタ知事は、汚職撲滅と貧困対策を行い、劣悪なインフラの改善に取り組むことで、従来の縁故主義型政治との決別を公約している。2014年は総選挙と大統領選挙の年であり、こうした政治家の登場が全国的な動向を反映したものかが示される。

表現の自由

独立ジャーナリスト連盟は、2013年上半期でジャーナリストへの暴力が23件あったと発表した。一例として、東カリマンタン州のランタウ・パンジャン村での土地問題を取材中のPaser TVのノミラ・サリ・ワユニ (Normila Sari Wahyuni) 氏への暴行事件がある。複数の襲撃者から腹部を繰り返し蹴られ、氏は流産した。警察は後に、襲撃事件の容疑者として村長と副村長を逮捕した。3月27日、アドナン・タンベア(Adnan Dhambea)・ゴロンタロ市長の支持者が、氏が選挙で敗北したことを受けて、地元テレビ局TVRIゴロンタロの事務所を放火した。この放火襲撃事件で同局の記者2人が襲われた。

7月2日、インドネシア国会はNGOに関する新法を成立させた。結社・表現・信教の自由への権利を侵害する法律だ。同法は、NGO活動について曖昧な義務と禁止事項を種々定める。NGOが外国から資金提供を受けることを厳しく制限し、NGOが無神論、共産主義、マルクス・レーニン主義、反パンチャシラ(建国5原則)と見なされる信条を支持することを禁止した。

前向きな変化もあった。1965~66年にかけて、共産党党員とシンパとされた人々計50万~100万人が犠牲になった国軍主導の虐殺について、公的な場での議論は事実上国家的タブーとされてきたが、政府は8月に、映画祭で高い評価を受けた『殺人という行為』(The Act of Killing) のインターネットでの無料公開を許可し、このタブーが終わる可能性が示された。

国軍改革と不処罰

軍事法廷は9月、国軍特殊部隊(通称コパスス)の隊員12人を、ジョグジャカルタ州の刑務所での囚人4人の組織的殺害に関与したとして、数か月から11年の刑に処した。この有罪判決は、重大犯罪に関与した兵士が通常処罰されないという現状からの重要な転換点だ。しかし中心人物3人への量刑は犯罪が重大であることと比較すると軽い。

女性の権利

ジェンダー平等法は2009年に国家に初上程されたが、2013年時点で審議は進んでいない。イスラム主義者政治家が反対しているためだ。

一方で、差別的な法令が増え続けている。インドネシア政府が設置する女性に対する暴力委員会は、中央政府と地方政府が2013年に60件の差別的な法令を成立させたと発表した。インドネシアには、合計342件の差別的な法令が存在する。うち、女性のヒジャーブ着用を義務づける地方政令が79件存在する。7月時点で、内務省が廃止の意向を表明したのはわずか8件だ。

たとえば、アチェ州ロクスマウェ市は、女性がオートバイの後部座席にまたいで座ることを禁止し、横向きに乗ることのみ許可すると定めた。隣のビルンでは、女性が踊ることを禁止する地方政令が存在する。スラウェシ島のゴロンタロでは、当局が7月に女性支援職員全員を他の部署に配置転換して男性と入れ替えた。「婚外交渉」を防ぐ措置の一環だという。

8月、南スマトラ州プラブムリ市教育局は、「婚前交渉と売春」対策と称する、女子高校生への「処女検査」義務化計画を取りやめた。住民の反対にもかかわらず、東ジャワ州パメカサンで類似の検査を導入する計画が進行している。

信教の自由

ユドヨノ大統領は、インドネシアを「穏健なムスリム民主主義国家」と重ねて形容してきた。5月31日には、現政権が「宗教の名目でなされる愚かな暴力行為は、いかなる集団のものであれ許容しない」と述べた。また8月16日には宗教的不寛容と関連する暴力に「大変憂慮している」と述べた。

こうした立派な言葉とは裏腹に、ユドヨノ政権は、ボゴールとブカシでのキリスト教会の建設許可を長年認めない地元当局の対応を退けた、最高裁の判断を尊重できていない。また現政権は数十の規制を撤廃していない。たとえば礼拝施設の建設に関する複数の省令、アフマディーヤ教団の信仰を認めない法令などだ。これらは宗教的少数者を差別し、不寛容を促している。

信教の自由のモニタリングを行うジャカルタのセテラ研究所によると、宗教的少数者への暴力事件が2012年には264件、2013年1月~10月には243件発生した。暴力事件のほぼすべてがスンニ派活動家の犯行によるもの。標的とされるのは、キリスト教徒、アフマディーヤ教団、シーア派、スーフィー教団などだ。

3月21日、ブカシ市当局は地元の「イスラーム民衆フォーラム」の要求に屈し、バタク・プロテスタント・キリスト教会が建設した教会を破壊した。この教会は地元自治体が定める要求を満たしたにもかかわらず、5年続けて建設許可を得られなかった。一帯での教会建設すべてに反対する団体の圧力が原因だった。

6月20日、800人以上の武装したスンニ派の集団が現地当局に大挙して押しかけ、マドゥラ島サンパンの競技場に避難するシーア派住民数百人を追い出すよう迫る出来事があった。この住民は元々、スンニ派住民1,000人以上の襲撃により住居を破壊され、1人が殺害された事件を受けて、2012年8月からこの場に避難していた。本行動を受けて、このシーア派住民は、3時間離れた東ジャワ州シドアルジョ県に政府が用意した1棟の建物に、車で強制的に移動させられた。

9月11日、東ジャワ州ジュンブル県プージュルでは、長年一触即発状態にあった2つのムスリム・コミュニティが抗争を起こした。30人ほどの斧を手にした集団が現地のダルース・ソリヒン(DarusSholihin)イスラーム寄宿学校を襲撃した。現場には警官隊100人以上がいたが事態を制止できなかった。1時間後、襲撃者の一人エコ・マルディ・サントーソ(Eko Mardi Santoso) 氏(45) が桟橋で遺体で発見された。顔には斧傷があり、報復で殺されたと見られる。

パプア州と西パプア州

2013年2月21日、インドネシア国軍が自由パプア運動とおぼしき部隊の攻撃を受け、8人が死亡。パプア州での緊張は高まった。

8月時点で、ウェブサイト「塀の中のパプア人」によれば、パプア人55人が独立を非暴力的に訴えたとして投獄されている。インドネシア政府は政治囚の存在を一切否定している。

4月30日、警察はソロン(Sorong) 近くのアイマス(Aimas) 地区に集まったパプア人に発砲した。1963年にオランダがインドネシアにパプアを渡したことに抗議する祈祷会が行われていた。ある証言によれば、警察が発砲したのは、現場に到着した警察車両に抗議行動参加者が近づいたときだ。その場で2人が射殺された。さらに1人が6日後に銃による負傷が原因で死亡した。警察は少なくとも22人を逮捕。7人を国家反逆罪で起訴、残りの15人を後に釈放した。

5月、「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙は、この10年間で、パプア人の子ども数千人(大半はキリスト教徒)がパプア島から出て、ジャワ島のイスラーム学校で宗教的「再教育」を受けるよう勧誘されてきたと報道した。このプログラムの結果、多数のパプア人児童が学校を辞め、大都市で極貧生活をしている。

パプア州での人権侵害は、10月6日にバリで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で注目された。パプア人活動家3人がオーストラリア総領事館の敷地に進入したからだ。マルクス・ジェレウォン(Markus Jerewon)、ユヴェンシウス・グー(Yuvensius Goo)、ロフィヌス・ヤンガム(RofinusYanggam) の3氏は、インドネシアがパプア州への外国人渡航制限を解除し、政治囚を釈放するよう求めた。

土地の権利

憲法裁判所は5月、慣習地を国有林に含めるとした1999年森林法の条項を違憲とした。この画期的決定により、森林省が伐採企業やプランテーション企業に対し、慣習地のコンセッションを与えることができなくなった。

林業セクターでの汚職と管理のまずさはインドネシア政府の国家財政を毀損し続けている。年間の損失額は20億米ドル(2,000億円)に達する。これは国全体の医療支出を上回る額だ。森林管理が行き届かないため、暴力的な土地紛争が激しさを増すことも多い。持続可能な「グリーン成長」のリーダー的存在という、インドネシアの対外的な自己イメージを損なっている。

難民と庇護希望者

インドネシアは、ソマリア、アフガニスタン、パキスタン、ビルマなどから迫害、暴力、貧困を逃れてきた難民や庇護希望者にとって、オーストラリアに向かう中継点だ。2013年3月時点で、インドネシアには約1万人の難民と庇護希望者がいる。全員が法的に宙ぶらりんな状況におかれている。インドネシアには難民法がないためだ。1万人という数字には、身寄りのない子どもがこれまで以上に多く含まれる。2012年1年間だけで、こうした子どもたち1,000人以上が、インドネシアに到着した。

インドネシアは、難民と庇護希望者に関する責任を国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)フィールド・オフィスに委ねているが、UNHCRのマンデート難民であっても入管収容所から釈放しないケースが多い。収容所の環境は劣悪で、虐待も日常茶飯事だ。釈放された人々も、再び逮捕・拘束される脅威を常に感じている。

国際社会の主要アクター

5月8日、ドイツはインドネシアへの戦車164両の売却決定を承認した(レオポルド2型戦車104両を含む)。8月25日、米国のヘーゲル国防相は、インドネシアに攻撃アパッチ8機を5億米ドル(約500億円)で売却したことを明らかにし、米国にとってアジア太平洋の「かなめ」となる国との軍事関係強化がねらいだと述べた。

9月30日、オーストラリアのトニー・アボット新首相が、ジャカルタを就任後の初外遊先として訪問。貿易分野と移民、人身売買問題での協力について関係強化を求めた。アボット首相は、首脳会談では人権問題への懸念を表明しなかった。そして数日後にバリのASEAN首脳会談時にパプア人活動家3人が豪総領事館に侵入した際には、パプア側のインドネシアに対する「スタンドプレー」を批判。さらにパプアにおける人権問題とパプア独立問題は全く異なる問題であるにも拘わらず、これを混同した誤解を招きかねない発言を行った。

インドネシアはEUとの間で9月30日に木材取引で合意に達した。EU向け木材が合法的に生産されたものであることを求める文書で、違法伐採対策の重要な一歩となった。しかしこの合意書では、木材が共有地権や補償権を侵害して生産されたかについての評価が求められていない。だが、こうした違反行為は紛争と人権侵害の主要な原因だ。

表現の自由に関する国連特別報告者フランク・ラ=リュ氏の訪問は2013年1月に予定されていたが、パプア訪問の予定にインドネシア側が反発して延期された。本報告書執筆時点で、新たな訪問日程は決まっていない。