スリランカの四半世紀にわたる内戦は2009年5月に分離独立派タミル・イーラム・解放のトラ(以下LTTE)の敗北で終わったものの、2011年の人権関係の出来事にも大きな影響を及ぼし続けた。4月に国連の潘基文事務総長が、専門家委員会による報告書を発表。政府軍とLTTE双方が、「一般市民の保護・諸権利・福祉・生命を甚だしく軽視し、国際法の尊重を全く無視した」と結論づけた。同委員会は国際的な調査機構の設立を勧告したが、スリランカ政府関係者は同報告書と委員会メンバーに対する非難でそれに応えた。
スリランカ政府は、治安部隊による戦争犯罪疑惑を裏づける圧倒的多数の証拠を、LTTEのプロパガンダであるとして無視。疑惑に対して信頼に足る捜査を行なわなかった。政府の「過去の教訓・和解委員会(LLRC)」は、国のアカウンタビリティ(真相究明・責任追及)遂行機構という触れ込みだが欠陥だらけで、こうした委員会としての国際基準を満たしていない。これまで人権侵害疑惑に関して組織的に調査の実施を怠っている。
8月に政府は、30年近く施行を続けていた非常事態令の撤廃を認めたものの、広範囲におよぶ拘禁権限はその他の法律や新たな法律の下で維持されたままだ。国際法に反して、現在も数千人が裁判なきまま拘禁され続けている。
アカウンタビリティ(真相究明・責任追及)
内戦最終局面の数カ月間に、政府軍は一般市民を無差別砲撃し、LTTEは何千人もの一般市民を「人間の盾」に利用した。しかし、長期にわたった内戦中に両陣営が犯した、重大な戦争法違反行為に対する法の正義実現に向けて、スリランカは全く前進していない。内戦終了以後、政府は人権侵害疑惑に対して一度も信頼に足る捜査を行っていない。この問題は、英国テレビ局チャンネル4が2011年6月にいくつかの事件を放映し、捕らえられ縛られた戦闘員の略式処刑と見られるおぞましい映像などもあり、注目を集めた。驚いたことに政府は、複数の中立的専門家がその映像を信頼できるものと報告したにもかかわらず、ねつ造であるとして繰り返し黙殺している。
5月にスリランカ国防省は首都コロンボで対テロ対策に関する国際会議を開催。同会議では、政府による人権侵害にはほとんど注目しなかった。8月には報告書も発表し、その中で国防省は内戦終了間際の数カ月間に、政府軍が一般市民を殺害したことを初めて認めたものの、戦争法違反の責任については黙殺。一般市民の死は戦争の不幸な副産物であるという、独断的な姿勢を示した。
更に以前に起きた事件における、重大違反への不処罰も続いている。2006年に援助機関職員17人と学生5人が、それぞれ別の事件で処刑形式により殺害された。同事件では政府軍が関与していたことを示す強い証拠があるにもかかわらず、政府は無気力な調査を続けており、これまでに誰一人として逮捕に至っていない。
また政府は、「教訓と和解委員会」(LLRC) の期限を繰り返し延長してきた。同委員会のマンデイトは、政府とLTTE間で2002年に合意した停戦が破られた経緯に集中しており、内戦中の戦争犯罪疑惑に対する捜査を明確には求めていない。同委員会は証言の聴聞を行いはしたが、それに基づく捜査は全く実行しなかった。同委員会は11月15日に、マヒンダ・ラージャパクサ大統領に報告書を提出するはずだった。報告書は公開されると政府は発表しているものの、いつになるのかは明言しなかった。政府はいまだ、同委員会による予備勧告に対していかなる行動も起こしていない。
拷問・強制失踪・恣意的拘禁
政府は8月に、長年にわたり効力を持ち続けた緊急事態令の撤廃を認めた。しかし、警察と治安部隊に広く拘禁権限を与える他法令はこの限りにあらず、緊急事態令規定のいくつかを事実上継続させる新しい規定を導入している。大統領は武装した軍に捜査と拘禁の権限を与える布告を月単位で発し続けている。
緊急事態が公けには終了したにもかかわらず、緊急事態令下で捕えらた何千人もの人びとが拘禁され続けている。多くは裁判もなく、国際法に違反するかたちで何年も拘禁されたままだ。スリランカ政府はこれまで、被拘禁者リストの公表さえ拒んでいる。
政府は、内戦末期に捕え、強制収容所(いわゆるリハビリセンター)送りにした1万1千人超のLTTEメンバー被疑者の多くを徐々に釈放してきたが、まだ全員ではない。政府は被拘禁者に対して、弁護士との接見などの重要な適正手続きを認めず、数千人が2年あるいはそれ以上の拘禁生活を送ることになった。強制収容所から解放された人びとの一部は、故郷に戻った後も治安部隊から嫌がらせを受けたという報告も複数ある。
2011年になってスリランカ北部と東部で、政党や犯罪集団に関連する「失踪」や拉致が起きていると、新たに報道されるようになった。政府は厳重な治安部隊の展開を維持しつつも、北部地域の一部で旅行制限を解除。グリースデビルと呼ばれる集団(一部は軍の基地に戻るのを突きとめられたと言われる)による性的暴行を含む暴力行為が、北部や東部における治安の不安定さを浮き彫りにしている。
テロ予防法(Prevention of Terrorism Act) は拘禁下の被疑者に対して、警察に広範な権限を与えている。スリランカには警察による拷問の長い歴史があり、時には死に至るケースもある。
市民社会と野党メンバー
2011年を通して、言論の自由も攻撃され続けた。北部の州都ジャフナを拠点とする新聞の編集者グナナスンダラム・クハナタン(GnanasundaramKuhanathan)氏は、7月下旬正体不明の若者集団に鉄棒で殴られ、重傷を負って入院した。同月に「ラジオ・ネザーランド」のジャーナリストチームが警察に嫌がらせを受け、その後、スリランカで悪名高いテロの象徴である「白いバンに乗ったギャング」に銃で脅された上、強盗を働かれた。「サンデー・リーダー」紙会長であり、ラサンタ・ウィクレマトゥンガ(Lasantha Wickrematunge -2009年に射殺)氏の兄弟ラル・ウィクレマトゥンガ(Lal Wickrematunge)氏は、マヒンダ・ラージャパクサ大統領から高官の汚職に関する記事に対して電話を受けた。大統領は、「お前は嘘を書いている、とんでもない嘘だ。私を政治的に攻撃するのはいいが、個人的にやるというならば、私もどうやってお前を個人的に攻撃するかくらいは知っている」と言ったという。
ラサンタ・ウィクレマトゥンガ氏の殺人事件および、「ランカEニュース」の寄稿者で2010年1月24日以来行方不明になっている、パラギース・エクネリゴダ(Prageeth
Ekneligoda)氏の失踪事件に関しては、更なる進展はなかった。
タミル民族同盟(TNA)党員と支持者が、6月にジャフナで行われた地方選挙に先立つ選挙運動中に、陸軍兵士により竿や警棒、ムチなどで襲われている。負傷者にはTNA党員の他に、国会議員警護に派遣されていた警察官も含まれていた。なお、国防長官が命じた事件の捜査結果は明らかになっていない。
11月に政府は、「大統領と政府最高幹部の人格を中傷した」として、少なくとも6つのニュース・ウェブサイトを遮断している。
和解への取り組み
和解とは、タミル系住民が受けてきた長年の被害を解決することを意味するが、最大限に肯定的に捉えても「遅々としてしか進んでいない」状態だ。3月、7月、10月と行われた地方選挙は、北部でこそタミル民族同盟(TNA)が大勝利を収めたものの、ラージャパクサ与党連合の支配を更に盤石にした。TNAと政府は、内戦の元凶だった重要課題の地方分権や、その他の諸問題を処理するために交渉を行ってきた。TNAは政府を詐欺的で浅薄であると批判し、政府は北部での勝利をいいことにTNAがLTTEスタイルの最後通牒を突きつけたと批判するなど、話し合いは緊張感に満ちたものとなった。TNAは8月に一度、政府との話し合いの場を去ったが、現在はまた戻っている。
9月にTNAは、ジュネーブの国連人権理事会(HRC)におけるスリランカ政府の声明に強く反発。和解への取り組みは地域間の「信頼と友好の構築」が前提であるという政府の主張は、タミル系住民の経験をかんがみれば支持できるものではないと述べた。
国内避難民
内戦終了後、軍が支配する強制収容所に違法に拘束されていた30万近い人びとの大多数が解放されて地元地域に戻ったものの、必ずしも自らの出身のふるさとに戻れなかった人も大勢いる。およそ11万人が受け入れ家庭や難民キャンプで今も生活し、故郷一帯が地雷除去されていないために帰郷できない人びとも数千人いる。政府はいまだ地雷除去を行う国際機関に対し、いくつかの地域について立ち入りを認めていない。
国際的な主要国・機関
国連事務総長が諮問した専門家委員会が厳しい内容の報告書を4月に発表したのを受け、国際的な主要国・機関からの、アカウンタビリティをスリランカに求める圧力は増大。英国やカナダ、オーストラリア、米国など数国が、報告書にある疑惑の捜査をスリランカに求めた。欧州議会は5月、スリランカがこうした疑惑を即時捜査し、欧州連合がアカウンタビリティ強化に向けた取り組みを支援し、また国連報告書を支持することを求める決議を採択した。スリランカ国内での人権侵害疑惑におおむね沈黙を守ってきたインドでさえ、5月、公に調査を求めるなど、国際的圧力が増している。同月に超法規的・略式・恣意的処刑に関する国連特別報告者が、捕虜処刑事件に関係する証拠を再検討の後、スリランカ政府に「超法規的処刑の教科書的ともいえる事例」を捜査するよう求めた。
国連の潘基文事務総長は、9月、国連人権理事会理事長にスリランカ内戦に関する専門化委員会報告書を提出。氏は、国連は、内戦末期数カ月間のスリランカにおける状況に関する国連自身の対応について別途の調査を実施するつもりであると発表した。この調査は、同報告書の勧告のひとつである。
国連人権理事会の9月定例会合の際、複数の政府が、戦争法違反に対するアカウンタビリティを求める発言を行ったものの、同理事会は国連事務総長が提出した専門家委員会報告書に沿った行動を起こさなかった。また、同報告書の主要勧告である国際的なアカウンタビリティ遂行機構の設立に向けた措置も現時点で取られていない。
「教訓と和解委員会」(LLRC)の報告書がアカウンタビリティについて十分に応えていない場合は、国際的なアカウンタビリティ遂行機構の設置を支持する用意があると、いくつかの国が表明している。米国国務省ロバート・ブレイク副長官は9月にスリランカを訪問した際に、徹底的かつ信頼性が高く、中立的な報告でなければ、「何らかのかたちで別の機構を求める圧力が発生するだろう」と述べている。英国も同様に、スリランカ政府が2011年末までに進展をみせない限り、「国際社会があらゆる選択肢を再検討するのを我が国は支持する」と述べた。
米国の法律は、スリランカへの軍事援助に対し、アカウンタビリティと人権の問題に関する進展に厳格な条件をつけて制限している。
10月に開催された英連邦首脳会議でカナダのスティーブン・ハーパー首相は、2013年予定のスリランカにおける首脳会議までに同国が人権問題を改善しない場合は、会議をボイコットするよう呼び掛けた。