(ニューヨーク)--ビルマでの平和的な抗議行動に参加した僧侶や市民に対し、ビルマ政府は2007年9月に暴力的な弾圧を行った。この際に犠牲となったり、拘束されたりした人の数は、ビルマ政府の公式発表をはるかに上回っている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書(概要と勧告の日本語訳はこちら)でこのように述べた。弾圧を開始して以来、軍事政権は強権的な国内組織を全力で動員し、あらゆる反政府活動を強引に封じ込める一方で、夜間の家宅捜索で指導者の身柄を拘束し、僧侶を強制還俗させている。

今回発表する報告書(140頁)「弾圧の実態:ビルマ2007年民主化蜂起を封じ込める軍事政権」(Crackdown: Repression of the 2007 Popular Protests in Burma)は、目撃者に対してビルマ国内とタイで行った100を越えるインタビューに基づいている。本報告書は、2007年8月から9月にかけてビルマで起きた出来事について、現時点で最も包括的な情報を提供している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査により、治安部隊は実弾とゴム弾を使って集まった人々に発砲したこと、デモ参加者と僧侶に暴行を加え、軍用トラックに引きずり込んで連行したこと、また正規または臨時の収容施設に数千人を超法規的に収容したことが明らかになった。僧侶だけでなく、多くの学生や市民も殺害されている。しかしビルマでは政府からの制約を受けず、独立して調査を行うことができないので、正確な犠牲者数を確定するのは不可能である。

「ビルマ国内の弾圧が終わったなどというのはとんでもない。」「厳しい弾圧が続いており、政府は死者と被拘束者の数についていまだにうそをついている。」ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムズはこのように述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によれば、弾圧の一翼を担ったのは連邦団結開発協会(USDA)である。会員数2300万人を擁するこの組織は、ビルマ政府が将来の文民政権の中核に据えようと準備中の「大衆社会福祉」団体だ。同協会は、スワンアーシンと呼ばれる民兵組織や国軍兵士、暴動鎮圧部隊と共に、デモ参加者に対する暴行・身柄拘束に関わった。

本報告書で確認されたラングーン市内での死者は20人である。しかしヒューマン・ライツ・ウォッチは、実際の死者数はこれをはるかに上回っており、数百人が現在も拘束されていると考えている。ラングーン以外の市や町でもデモが起きたが、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、これらの地域での死者と被拘束者に関する情報を収集することができなかった。

キンイー警視総監は新首都ネーピドーで12月3日に行った記者会見で「9月26日から30日かけて人の僧侶によるデモで10人が死亡し、14人が負傷した。治安要員は適正な手段によって事態に対処した」と述べた。だがヒューマン・ライツ・ウォッチは、キンイー氏本人が、シュエダゴン・パゴダで9月26日に暴力的に行われた、僧侶の逮捕・暴行・殺害を指揮したとの情報を得ている。

現ビルマ軍事政権(国家平和開発協議会=SPDC)の発表によれば、「尋問された」人の総数は2927人(うち僧侶596人)で、そのうち民間人2263人と僧侶578人が既に釈放された。また9人が実刑判決を受けており、民間人59人と僧侶21人が現在も拘束中である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、デモ参加者のうち、僧侶や「88世代学生」グループ(8月後半に逮捕されるまで運動を組織していた団体)のメンバーなど数百人の所在が不明である。これ以外にも、今回の抗議行動が起きる前の段階で、ビルマ国内の刑務所と労働キャンプで1200人以上の政治囚が過酷な生活を送っていた。

「ビルマ軍事政権は暴漢や兵士、警察を使って、僧侶や平和的なデモに参加した人々に激しい弾圧を行った。」「軍政には犠牲者の情報を具体的に明らかにし、行方不明者の状況について説明する義務がある。」 アダムズ局長はこのように述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ビルマ政府が大きな改革へと踏み出すための圧力として、国連安全保障理事会などによる国際的な働きかけの強化を訴えている。国連の人権問題の特別報告者パウロ・ピニェイロ氏は12月11日に、国連人権理事会(ジュネーブ)で弾圧に関する氏の調査結果を公表する予定である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、中国やインド、ロシア、タイやASEAN諸国など、ビルマと友好な関係を保持し、影響力を行使できる立場にある国々が行動を起こさないことを批判した。中国は、国連安全保障理事会の場で、ビルマ問題を意味のあるやり方で取り上げることを是が非でも阻止する意向を鮮明にしている。また治安部隊に自国のジャーナリストが殺害されたにも関わらず、日本政府の対応は及び腰である。

「今こそ国際社会が国連による武器禁輸と金融制裁に踏み切り、ビルマ軍政幹部に痛手を負わせて、真の変革を行うよう迫るべきだ。」「中国やインド、タイは、ビルマ軍政にしっかりと責任をとらせ、また長期化する恐ろしい弾圧を止めさせるために、軍政に働きかける責任がある。」 アダムズ局長はこのように述べた。

本報告書に収録した証言の抜粋

「僧院が襲撃されたのは午前1時頃だった。兵士は門扉のところで鍵を開けろとわめいていたが、誰も出て行かなかったので、乗ってきたトラックを体当たりさせて扉を破壊した。兵士たちは怒鳴り散らしながら催涙ガスを発射し、敷地内の建物に向かって自動小銃を発射した。そして僧侶を見かけると手当たり次第に棍棒で殴っていった。近くの木に登ったり、近隣の民家に隠れたりして逃げた僧侶も多かった。翌朝僧院に戻ると、辺りは血の海で、割れたガラスが散乱し、床には空の薬莢が散らばっていた。230人の僧侶のうち100人ほどがいなくなっていた。お金と宝石が盗まれただけでなく、僧院内にあった金目の物も持ち去られていた。」

カンダ師(所属する僧院に対する9月27日の襲撃の模様に関する証言より)

「とても恐ろしかった。友人二人は泣き叫んでいたので、兵士たちに見つかるのではと思うと恐ろしくて仕方がなかった。すると密告者が芝生の方を指さした。そこに隠れていた若者7人が立ち上がって走り出すと、兵士たちは背後から発砲した。7人は6、7歩も踏み出さないうちに倒れた。20歳から22歳くらいの若い男性3、4人が射殺された。残りの若者は走って逃げようとしたが、兵士たちに捕まり、軍用トラックに押し込まれて連行された。」

タジンエー氏(9月27日のタームエ第三高校での虐殺に関する証言より)

「(デモを解散しないと発砲を行うという)警告が行われ、最前列の兵士が集まっていた人々に催涙ガスを発射した。発射した兵士は5人だった。拡声器での警告の直後に実弾射撃が始まった。人々は散り散りになって逃げた。20人の兵士がバリケードを乗り越えてきた。よじ登ってきて、そして人々に暴力を振るい始めた。2人が死んだ。……映画で観るようなのとは違った。兵士たちは初めから2人を殺すつもりで殴りかかった。頭部と腹部に暴行が加えられた。(略)兵士たちはぐったりした2人の足を持ってバリケードの向こう側に引きずっていった。……そして軍用トラックの横に2人の遺体を並べた。」

チョーザンタイッ氏(ラングーン中心部での9月27日の出来事に関する証言より)

「そのとき、若い女性が一人、(両手を頭の後ろに組んで)地面にうつぶせになればいいのか、立っていればいいのかわからないでいた。暴動鎮圧部隊の隊員(指揮官)がその子の横顔を警棒で殴った。女性はその場に崩れ落ちた。20代だった。顔から血が流れてきた。きっと頭蓋骨が折れたのだろう。死んだのかどうかはわからない。誰も救助に行けなかった。もし頭を上げたら、隊員に殴られ、靴で蹴られるからだ。」
トゥンチョーチョー氏(9月27日の逮捕に関する証言より)

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