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知られざる脱北

―中華人民共和国の北朝鮮人―

概要および勧告

あらまし

中国には、1万人から30万人もの北朝鮮人が隠れ住んでいると言われている。そのほとんどが、朝鮮系中国人が混在する、北朝鮮と国境を接する吉林省に集中している。そういった北朝鮮人は、自国の政府が犯罪として禁じている不法な出入り口を通り、中国の厳しい国境警備をかいくぐって、ようやく中国にたどり着いたのだ。一握りの勇敢なジャーナリストや活動家を除き、彼等と接触することはほとんど不可能である。隣国の北朝鮮と良好な関係を保ち、さらなる北朝鮮人の流入を阻止するため即時追放の方針を貫く中国は、脱北者の存在を認めていないも同然である。このほとんど目に見えない群集の一握りが、突然世界の前に姿を現すことがある。庇護を求めて、北京にある在外公館や関連施設に一家で駆け込むときである。中国は、当該家族の第三国への出国を認めることでこの厄介な外交問題の解決を図ろうとする一方で、事件が起こるたびに新たな越境ルートを封鎖し、何百人もの脱北者を本国に強制送還することで、越境を待つ何千もの北朝鮮人の流入を阻止しようとしてきた。

この目に見えない朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)脱出のほぼすべてのステップに人権侵害がともなっている。中には政治弾圧を逃れるために、あるいは北朝鮮では認められていない政治的自由を求めて、国を後にした者もいるだろう。中国に入ってしまうと、脱北者は全員虐待を受ける弱い立場に置かれ、中国政府に保護を求めることも出来ないのである。問題の深刻さも、強奪から女性に対するレイプや人身売買、中国刑務所での拷問に至るまで、実に幅広い。越境常習者、長期滞在者、韓国人や中国人以外の外国人(この地域に入っている宣教師や人道的救援活動従事者を含む)と接触した者が当局に発見された場合、北朝鮮に強制送還され、そこで死刑を含む厳罰に処せられる。中国は1951年に国連特別会議で承認された「難民の地位に関する条約」および1961年の同「議定書(難民条約)」の条約加入国である。1) しかし中国は、脱北の理由がいかなるものであろうと、また本国に戻されればどんな仕打ちが待ち受けていようと、脱北者の保護を拒否している。中国経由で流入してきた北朝鮮難民に対する周辺諸国の対応はさまざまである。庇護を与え、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)に連絡を取る国もあれば、難民を中国に戻し、危険にさらす国もある。

この報告書は、韓国に逃れた北朝鮮人、および彼等の救援に携わる人道主義活動家や多くの恵まれない人々から直接聞いた話を元に、この著しい人権侵害の全体像を浮き彫りにするものである。この報告書では、脱北を決意した人々の複雑で痛ましい心境(脱北は、反逆罪に等しい不法行為として捉えられることが多い)、中国での長期にわたる潜伏生活、性の奴隷として身を売らなければならない女性たちの絶望的な状況、ありとあらゆる虐待に始終さらされている脱北者の立場の弱さについて検証する。脱北者の帰還の恐怖は、良く知られている刑務所や強制労働収容所制度がベースになっている。そこに送られた経験を持つ者は、「死んだほうがまし」と繰り返し訴えるほど、そこでの生活は悲惨な状況なのである。我々は最後に、この報告書で、この危機的状況の中心的役割を担う国家政策を検証し、一致協力した以下の取り組みを提案する。

北朝鮮の帰還者に対する処罰を中止させ、監視機関および人道的救援活動機関の立ち入りを認めさせる。

暫定的に、このような脱北者全員に人道的地位を認めるよう中国に働きかける。

中国に、脱北者支援物資を提供し、脱北者の定住先の選択肢として第三国を提示する。

現時点では、脱北の規模がどれほどのものなのか、誰も正確に推測することは出来ない。というのも脱北者たちは、発見され、北朝鮮に強制送還され、厳しい刑罰にさらされることを恐れ、身を隠し続けているからだ。加えて、中国は、国連難民高等弁務官事務所や人道団体などの国際組織のこの地域への立ち入りを制限している。政府や民間の救援グループや宗教団体が弾き出した推定数は著しく異なる。中国の長期滞在者の公式推計値を1万人とする大韓民国(南朝鮮)統一省の数値が一番低く、多いところでは、国境地域の集落で大掛かりな調査を行なった非政府グループが30万人という数字を弾き出している。

1990年代の北朝鮮経済の崩壊、とりわけ1994年から1995年ごろから始まった深刻な飢饉を招いた農業災害が、大量の脱北者を生んだ、という点では大筋意見がまとまっている。飢えと絶望感から何十万もの人が助けを求めて国境を越えた。食糧難が最もひどかった時期には、何十万人、あるいは何百万人もの北朝鮮人が、自国で病気や飢えで亡くなっている。しかし食糧難はいまだに終わるけはいはない。2) この重大な危機は、厳しい社会規制が敷かれていた制度の劣化を招いた。職場での食糧配給が中止され、国内移動および国境を超えての移動の規制が緩み、人々が生き延びるために何でもかんでも奪い合ったため闇市場が出現した。

北朝鮮移民に対する中国の定期的な弾圧が続き、北朝鮮における食糧事情が幾分改善したものの、2001年に入っても人民の流出は続いた。脱北というタブーがいったん破られてしまうと、「地下鉄道」のルートや価格が知れわたり、脱北に歯止めが利かなくなったのである。食糧難のころには韓国に亡命するために3年から5年待ち続けたものだが、2001年の脱北者から聞いた話によれば、最近は数週間、場合によっては数日で脱北を決意するのだという。知られざる脱北は危機的状況から慢性状態になっているのである。

この状況はまた変わるかもしれない。2002年には、北京や中国各地の在外公館にかつてないほど大量の北朝鮮人が庇護を求めて駆け込んでいるからだ。3) 中国は、在外公館周辺の警備を強化することで駆け込み事件に対応し、大使や領事に北朝鮮人の引渡しを要求、国境にはさらに高度な警備体制を敷き、脱北者を手助けする者を逮捕し、迫害している。北朝鮮も中国と協力し国境警備を強化しているようである。帰還者に対してはより過酷な刑罰が施されていることを暗示する第一報もある。2002年半ば、ある人道的支援活動家は、脱北者は急速に減少しているように見えるが、豆満江が凍結し、食糧事情が悪化する年末には再び増え始めるだろうと報告している。

脱北を刺激するこの絶望的な状況は、深刻な人権侵害の兆候である。飢饉の一因は気象条件によってもたらされたものであったとしても、北朝鮮の社会、経済、政策、さらには同国が国際的人道支援物資分配の監視を拒否していることが、深刻化、永続化に繋がっている。4) 家族の政治的背景をベースにした差別と刑罰の過酷な政策も、生き延びるために逃亡を企てようとする多くの人々を生み出してきた。中国から強制送還された北朝鮮人は、脱北行為が反逆罪と解釈された場合、北朝鮮の法律の下、恐ろしい強制収容所で刑罰を受け、中には長期拘留され、さらには死刑を言い渡されることもあるのである。

中国の対北朝鮮政策にもこういった人権侵害が見られ、また明らかな国際法無視も見受けられる。北朝鮮人は、政治上の迫害や迫害に相当する差別への恐れなど、数々の理由で逃亡を図っている。十分に根拠のある迫害への恐怖は難民の顕著な特徴であり、彼等には国際法の下、保護及び庇護を受ける権利がある。しかし、飢えのように、はるかに単純な理由で脱北した場合でも、本国に戻れば投獄される恐れがある。さらに宣教師や人道援助要員などを介して韓国や西側諸国と接触したことが疑われる場合には、より過酷な条件が課せられる。これにより、多くの脱北者がrefugees sur place、すなわち本国に帰還した場合政治的迫害を受ける危険があるため、外国で難民として保護を受ける有資格者になるのである。また難民の生命または自由が脅かされる恐れのある地域への難民送還禁止命令は、refoulement(強制送還)に対する義務とも言われ、難民条約第33条に明文化されている。これは国際法の慣習ルールとして認められているものであり、難民条約締結の如何にかかわらず、すべての国家を拘束するものである。中国は難民条約締結国であるばかりでなく、国連高等弁務官の執行委員国でもある5)ことから、難民保護を強化する広範囲にわたる規則を支持してきたのである(その多くが脱北者の場合には無視されてきた6))。

この危機的状況にかかわるすべての国家は、すでにひどい状態にある北朝鮮の経済および社会状況により、現在は数千人程度の脱北者が何百万人にも膨れ上がるのではないかと恐れている。しかし北朝鮮や国際社会は、そこに潜む人道的および人権問題に、ある意味で有効な政策を生み出そうとする真剣な取り組みは、行なってこなかった。

北朝鮮人難民に関する議論は、韓国国内でも国外でも、常に政治が絡んできた。歴史的に、韓国では、「亡命」事件は、北の政府崩壊と最終的な統一に向けた文脈の中で、北朝鮮に対する「勝利」の指標として用いられてきた。そのため庇護希望者の絶望感の喚起が、北朝鮮との関係改善に向けて金大中大統領が推進する「太陽」政策を叩く手段として使われてきたのである。それでも金大中政権は実際には、北朝鮮人庇護希望者の受け入れ支援に関して、過去のどの政府よりも寛容な立場を取ってきた。韓国で庇護を希望する脱北者は少数ながらも少しずつ増えてきており、著しく異なる社会からやってきたこれらの朝鮮人を受け入れ、定住させるだけの力が、韓国にどれほどあるのかということが次第に懸念されるようになり、太陽政策に賛同する者の間でも懸念が高まってきている。

ヒューマン・ライト・ウォッチは、北朝鮮の政治的および経済的孤立、そしてその孤立が目隠ししてきた人権侵害に取り組むことが、長期的に脱北行動に歯止めをかけ、脱北者に対する迫害や虐待を一掃する上で、もっとも重要だと考える。暫定措置として、国際法に照らし、中国が庇護申請の機会を与えることなしに脱北者を出国させることをやめることが重要である。

この目的を達成するために、中国は直ちに国連難民高等弁務官が国境地域へ立ち入り、難民認定を行なうことを認めなければならない。UNHCRの役割はこのように著しく制限されており、またUNHCRはまだ国境に姿を現していない。7)

この地域の周辺諸国や中国および北朝鮮の主要支援国および貿易相手国を含む国際社会は、難民および彼等の権利を守る脱北者に関する総合政策を一致協力して強く求めていかなければならない。この方向性における重要なステップは、北朝鮮が、自国を出るという基本的人権を行使する自国民を罰する法律、規定、規則および慣習をすべて撤廃し8)、帰国者がもう二度と刑罰を受けないことを世界に証明することである。

暫定措置として、国際社会は、中国に対し、国際的に認められた権利を完全に保護する永続的決議が考案されるまで、すべての北朝鮮人が拘留やrefoulment(強制送還)の危険にさらされることなく中国に留まることを許す無期限の人道的地位を認めるよう、働きかけなければならない。このことは、法的地位や認定申請を行なう庇護希望者のためのメカニズムの変更、あるいは国連の難民条約の下で中国が国際的責任を逃れる手段、と見なしてはならない。しかし、そのような暫定措置は、少なくとも、即刻出国の脅威や、ヒューマン・ライト・ウォッチがこの報告書に記した他の虐待から解放することになるだろう。

中国は、また、脱北者を救援する中国人または外国人の救援活動従事者に対する嫌がらせや逮捕を即刻中止し、食糧、医療援助、および他の人道的支援の提供を目的とする人道支援グループの国境地域への立ち入りを認めなければならない。援助グループに対し活動スペースを許す公式および非公式の合意は、本格的な冬の到来を前にした今、極めて重要である。

難民危機に関する勧告

北朝鮮難民危機への総合的なアプローチ策定に関するヒューマン・ライト・ウォッチの特定勧告は次の通り。

対北朝鮮:

北朝鮮は直ちに脱北者に対する刑罰を中止し、監禁、拘留、強制労働、制限居住、公的差別、またはこれに関する他のいかなる制裁措置を認めるすべての法律、規定、規則、命令を撤廃しなければならない。またそういった行いが中止されたことを確認する国際視察団を受け入れなければならない。これを根拠として拘留されている者は全員直ちに釈放されなければならない。

北朝鮮は一般に行なわれている集団の処罰を直ちに止めなければならない。とりわけ、家族に中国または第三国に出国した者がいる一家に対する処罰を直ちに中止しなければならない。

北朝鮮は、北朝鮮難民や脱北者の救援を目的とした活動に従事していることを理由に拘留されている非居住者を解放しなければならない。

対中国:

中国は、国際的に認められている人権侵害および難民保護義務違反に相当する、北朝鮮人の強制送還を即刻中止すべきである。

中国は、庇護を求める北朝鮮人の難民認定の実施に向けて、国連難民高等弁務官(UNHCR)との高レベル協議を直ちに開始しなければならない。なお難民認定は、国境地帯にUNHCRが立ち入り、その支援を受けて実施するものとする。

暫定措置として、中国は、国際的に認められた北朝鮮人の権利を全面的に保護する永続的な決議がなされるまで、嫌がらせ、強奪や逮捕の脅威あるいは北朝鮮への強制送還から守る無制限の人道的立場を中国在住のすべての北朝鮮人に対し、許可しなければならない。

中国政府は、非政府組織や民間の機関を含む国際的人道支援グループに対し、救援活動のための国境地帯への立ち入りを許可するとともに、救援活動従事者に対し、嫌がらせ、逮捕、または脅迫を行なってはならない。

中国は、北朝鮮人を拘留するための北京の在外公館への強制侵入を即刻中止し、在外公館の敷地内等において、難民認定や保護を求める北朝鮮人にUNHCRが接触することを認めなければならない。

対国際社会:

アメリカ、日本、欧州連合、カナダ、オーストラリアなど、人権に関して中国と二国間協議を行なっているすべての国家政府は、概要を上述した脱北者および庇護希望者に関する特定勧告を、中国とのすべての二国間協議、また外国要人と中国政府高官との協議において、重要議題として取り上げなければならない。その成果はUNHCRと共有し、関係政府は、中国にいる北朝鮮人に対する支援強化のための非公式ワーキンググループを設置しなければならない。

国会議員も積極的に行動しなければならない。2002年8月、日本の国会議員は東京で「北朝鮮難民および人道問題に関する国際議員フォーラム」を設立、韓国の国会議員、アメリカの連邦議会や欧州議会のメンバーとともに、中国国境における人道的支援のニーズを査定するための議員団の派遣等を盛り込んだ共同イニシアチブを発動した。国会採択決議は、国際的な難民義務の遵守に関して中国に対する圧力の増強にも繋がる。9)

ロシア、モンゴル、ベトナム、ビルマ、カンボジア、タイなど、北朝鮮移民の流入により影響を受けている国々は庇護を与えなければならない。またそれらの国々は、北朝鮮移民が第三国において永続的庇護を求めることが妨げられることのないようにしなければならない。

北朝鮮の周辺諸国は、庇護希望者の逮捕、または拷問、不当な扱い、専断的拘留、処刑の危険が待ち受ける北朝鮮への送還に関する北朝鮮の要求を断固として拒否しなければならない。

北朝鮮人が庇護を求めて駆け込んだ大使館、領事館、他の機関を中国に置く国は、UNHCRによる難民認定を要請し、迫害のリスクがあると認められた場合には北朝鮮への強制送還を阻止する手段を講じなければならない。

一般的な人権勧告

難民危機の向こうには、北朝鮮内において今なお続いている人権及び人道的危機がある。脱北者を生み出すそれらの問題に、国際社会は一体となって取り組んでいかなければならない。

・北朝鮮が周辺諸国及び西側政府と広範な関係改善を求めるならば、北朝鮮は、「公民権及び政治的権利に関する国際条約(ICCPR: International Covenant on Civil and Political Rights)」および「経済的、社会的および文化的権利に関する国際条約(International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights)」双方の条約締結国としての義務を完全に履行しなければならない。

2000年5月、北朝鮮は16年で初めて、ICCPRの遵守についての報告書を国連に提出した(報告書の締切は1987年だった)。北朝鮮は1981年にこの条約を締結している。その詳細な、どちらかといえば法律文書のような39ページの報告書中で、北朝鮮は、拷問は北朝鮮の法律によって禁止されており、市民権が侵害された者には救済措置が取られ、強制労働は「政治的抑圧や社会的および宗教の制裁の手段として用いられたことはなく」、北朝鮮の刑事訴訟法は拘留や逮捕を厳格に禁じている、と主張している。10) これまでに脱北者から得た証言は、報告書が描き出した絵姿と大きく矛盾している。実際、ヒューマン・ライト・ウォッチの本報告書が基にしたインタビューは、政治的・社会的差別、出生による差別をベースに構築されている社会のありようを浮き彫りにしている。そこでは強制労働が広く行き渡り、専断的逮捕や拘留や拷問、その他の虐待が蔓延している。このようなあまりにも行き過ぎた虐待が、往々にして人々を脱北に駆り立てる。ある者は虐待を受けた直接経験から、ある者は帰還時に待ち受けるものへの恐怖から脱北者になるのである。

・最初の最小限のステップとして、北朝鮮が国連の人権条約義務を遵守しているかどうか査定するために、専断的拘束、拷問および他の不当な扱い、宗教の自由、女性に対する暴力、言論の自由に関する国連の人権専門記者および作業グループの北朝鮮入国を認めるよう、北朝鮮に働きかけなければならない。国連は、一般的な状況を査定するために再教育収容所や刑務所への訪問を求めるとともに、他国から強制送還された脱北者たちにどんな運命が待ち受けていたのかを見極めなければならない。

経済、貿易または政治問題について北朝鮮と政府高官協議を行なう際には、とりわけ北朝鮮との関係改善を目的とする話し合いの場合には、この重要な要求について必ず言及しなければならない。

・北朝鮮における人権決議は、2003年にジュネーブで開かれる国連人権委員会で紹介・採択されなければならない。この決議は、北朝鮮の著しい人権侵害を非難するとともに、あらゆる制約または制限なしに、国連の人権機構による全面的な立ち入り許可を、北朝鮮に強く求めるものである。


脚注

1)1951年に承認された「難民の地位に関する条約(Convention Relating to the Status of Refugees[189UNTS150])」は、1954年4月22日に発効された。同条約を時間的・地理的制約を取り除くため、1961年に承認された「難民の地位に関する議定書(Protocol Relating to the Status of Refugees[19UST6223, 606UNTS 267])」は、1967年10月に発効された。中国は、1982年に、1951年に承認された「難民条約」および同「議定書」の条約加入国となっている。

2)世界食糧計画によれば、北朝鮮の米およびトウモロコシの年産量は、1980年代には800万メートルトンだったものが、2000年には290万メートルトンに激減している。世界食糧計画は、人口の約57パーセントが栄養失調で、その中には5歳以下の子供が45パーセント含まれているものと推定している。2002年4月30日現在、国際社会は、国連の人道支援機関が要求した25,800万米ドルの10パーセント未満しか保証していない。2002年4月20日の世界食糧計画のプレスリリースは、「すでに深刻な状態にある朝鮮民主主義人民共和国の人道的危機は、近況援助がなければ劇的に悪化するであろう」という国連幹部のコメントを紹介している。http://www.wpf.org/country_briefing/index の朝鮮民主主義人民共和国のページでもそのことが紹介されている。また世界食糧計画アジア地区リージョナル・ディレクター、ジョン・パウェルによる2002年5月2日の「東アジアおよびパシフィック・ハウス(訳注:新たな地域安全の枠組み)国際関係委員会小委員会前の証言(Testimony before the Subcommittee on East Asia and the Pacific House International Relations Committee)」も参照のこと。

3)2002年3月から9月までに、計121名の北朝鮮人が韓国に亡命を果たしたと言われている。その中には3月に北京のスペイン大使館に駆け込み、マニラ経由でソウルに送られた25名の北朝鮮人、9月にソウルに到着した二つのグループ、6月以降北京の韓国領事館に断続的に駆け込んだ21名、ドイツ人学校の壁を飛び越えて敷地内に逃げ込んだ16名のグループも含まれている。2002年9月12日ロイター「North Korean Asylum Cases Since 1996(1996年以降の北朝鮮人亡命事件)」より。

4)北朝鮮飢饉の進展に関しては、Andrew NatsionsによるUSIP特別報告書(1999年8月2日ワシントンDC, 米国平和研究所)「The Politics of Famine in North Korea(北朝鮮の飢饉政策)」に詳しい。この論文は、http://www.usip.org/oc/sr/sr990802/sr990802.html でも入手可能。

北朝鮮が自ら課した孤立、権威主義的な言論、宗教および政治的複数政党制度の抑圧、そして身の毛がよだつ刑罰の実践については、しばしば政治亡命者によって語られてきたが、今では多くの普通市民の脱北者ばかりか、国連の人権機関などの専門集団によっても述べられるようになってきた。たとえば、北朝鮮は「公民権および政治的権利に関する国際条約」加入国である北朝鮮は、この条約に基づき、締約国の準拠調査機関である「人権委員会」に、2回目の定期報告書を提出している。2001年、同委員会は、国内外監視団の国内の立ち入り制限、数え切れないほどの実質的な拷問の疑惑、残酷で、非人間的かつ下劣な扱い、強制労働、司法の独立の欠如、出入国の著しい制限を、継続的侵害として警告を与えている。(朝鮮民主主義人民共和国に関する人権委員会の最終決定: 2001年8月27日CCPR/CO/72/PRK [最終決定/コメント]、 また1998年6月5日「朝鮮民主主義人民共和国の子供の権利に関する委員会の最終決定 [最終決定/コメント]も参照のこと。[飢饉時における子供の死亡率の増加、子供の人道的ニーズに対する国際援助の枠組みの中で最大限入手可能な資源の政府による分配の失敗に懸念を表明している]」)。国連の人権に関する小委員会も、一部に北朝鮮を念頭に入れて考案された一般決議を発効している。この決議は、non-refoulement(非送還)およびUNHCRとの協力の重要性を強調している(2001年8月16日 国連人権高等弁務官人権小委員会決議「難民および避難民の国際保護」、および2002年8月9日、国連人権委員会第54回人権の保護および推進に関する小委員会 議題6E/CN.4/Sub.2/2002/L.19)。

5)執行委員会(ExCom)は国連難民高等弁務官事務所の理事会である。1975年以来、執行委員会は年次総会で一連の「決定(Conclusion)」を採用してきた。これらは、難民および庇護希望者の取扱および既存の国際難民法による解釈に関して各国にガイドラインを示すことを目的としている。執行委員会の決定は、法律上は国家に対して拘束力は持たないものの、国際社会の見解を代表するものとして、また執行委員国のコンセンサスを得ていることから説得力のある権限を有するものとして、広く認知されている。

6)たとえば、執行委員会決定第22号は、大規模流入の一部として滞在国に到着した難民を全面的に保護する必要性について言及している(第85号も同様)。また第81号は、UNHCRの保護命令の重要性ならびに滞在国内での難民保護に関する受入国の主要責任について改めて表明している。また第91号は難民登録の重要性を強調している。

7)難民申請者がかかわった北京での一握りの事件では、たとえば、この3月に北朝鮮人がスペイン大使館に駆け込んだとき、UNHCRは難民認定審査を行い難民の地位を与えることができた。2001年6月には、7名の北朝鮮人家族が庇護を求めて北京の国連難民高等弁務官事務所に駆け込んでいる。ロシアに亡命した7名も2000年にUNHCRが難民認定しているが、結局彼等は北朝鮮に送り返されてしまった。UNHCRはこの件につき強く抗議したが、北朝鮮に戻ったあと彼等がどんな運命を辿ったのかに関する情報は得られていない。2001年6月26日ジュネーブでのUNHCRの記者発表より。

8)この権利については、世界人権宣言第13条第2項に、「すべての者は、自国を含め、いかなる国を出国し、また自国に戻る権利を有する」と明記されている。

9)米国下院は2002年6月11日に決議を通過させている。また「外交問題に関する米国上院委員会」も2002年6月13日に、中国に対し、北朝鮮人の強制送還を即刻中止し、UNHCRによる「中国在住の全北朝鮮人庇護希望者および難民」への接触を許可するよう求める同様の施策を成立させている。

10)国連人権委員会、CCPR/PRK/2000/2 200年5月4日