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(ニューヨーク)-タイ政府の新たな“政治的和解”の提案は、2010年にバンコクで起きた政治衝突の際の人権侵害の責任者を免責して、正義の実現を妨害している、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

市街戦にまで発展した政治的暴力事件に対する責任追及の欠如は、犯人がその地位や所属に関わりなく裁判に掛けられない限り、タイに根強く残るであろう。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア・アドボカシー局長のジョン・シフトンは「2年前にタイを揺るがした武力衝突は、多くのタイ人の生活に影響を与え続けている。動乱の中で傷ついた人びとやその家族は、責任を問うという約束を守っていない新政権に対し、正義の実現を今も待ち続けている」と語る。

2010年4月10日、当時のアピシット・ウェーチャチーワ政権が、一般に“赤シャツ隊”と呼ばれる、 反独裁民主戦線(以下UDD)が組織した反政府デモを強制的に解散させようとした後、バンコクで激しい市街戦が勃発した。銃撃及び爆弾と手榴弾の爆発によって、抗議運動参加者19人、兵士6人、ジャーナリスト1人が殺害された。同日、少なくとも569人のデモ参加者と見物人、265人の兵士、8人の警官が、催涙ガスの吸入、暴行、銃撃、爆発の破片で負傷している。

衝突は数週間続いた。赤シャツ隊の抗議運動が5月19日に終結するまでの間に、治安部隊による過度な或いは不必要な致死力を伴う強制力の行使と共に、UDD内の武装分子である“黒シャツ隊”の攻撃によって、90人以上の人びとが殺害され、2,000人以上が負傷した。バンコク内外で行われた放火は、数十億ドルの損害を生じさせた。

2011年に成立したインラック・シナワット政権は、2010年の武力衝突に対する責任の追及を軽視してきた。2012年3月27日、与党のタイ貢献党が圧倒的多数を占める国会の「国民和解委員会」は、国立キング・プラチャーティポック研究所が提出した報告書を、国会下院と上院の合同会議に提示した。

同研究所は、「タイ国和解に向けた真相究明委員会」の事実調査報告書を、「時期と条件が整った場合」、武力衝突に関与した人びとの実名を消去した上で、公開することを勧告した。また同報告書は、武力衝突に関与したあらゆる政治運動の指導者及びその支持者、政治家、政府当局者、治安部隊隊員に広く恩赦を与えるよう提案している。

政局における思惑が、責任追及よりも優先されている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。タイ貢献党は、他の連立与党及び上院議員の多数派と共に4月5日、国立キング・プラチャーティポック研究所が作成した報告書を基に作られた国民和解委員会の提案を、検討に向け政府に送付すると決定した。

チャラーム・ユーバムルン副首相は、同様の原則を基にした和解法案が、間もなくタイ貢献党と連立与党によって国会に提出されるであろう、と述べた。この和解法案は、とりわけ武力衝突の主な被害者だったタイ貢献党支持者などUDD一般党員の多くの間にあった、正義の実現への期待を打ち砕くものだった。

「和解提案は、全陣営の権力者たちが、重大犯罪への罰から逃げおおせることを可能にしている。損をしているのは被害者だけだ。」と前出のシフトンは語る。

政治的衝突による被害者に損害賠償を行うという最近の政府の決定を、全陣営の犠牲者の家族は歓迎しているが、他方で彼ら被害者達は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、こうした議会の動きは、責任追及を妨げると共に真相を闇に葬ってしまうのではないかと不安を口にした。司法手続きの政治化が一層進むのではないかという懸念も口にしていた。

アピシット政権は、何の根拠もないまま、重要犯罪容疑でUDDの抗議運動参加者数百人を起訴したものの、政府当局者や兵士は起訴されていない。2011年8月にインラック政権が成立して以降、暴力に関与したUDD関係者は無視される一方で、刑事捜査の焦点は、兵士が関与した事件に完全に移っている。政府はUDD内には武装分子はいなかったと主張しているが、それと正反対の事実を示唆する証拠は多数存在する。

政治的暴力への免責は、これまでもタイで度々起きてきたことだ。1973年と1976年に起きた民主主義を求めた学生デモ参加者に対する弾圧では、100人以上が殺害されたものの、「和解」の名目で、その弾圧に対する独立捜査は行われなかった。1992年の軍事政権の終結を求めた抗議運動参加者に対する激しい弾圧についても、政府が行った調査の全容は公表されていない。どちらの場合も「和解」を名目に、加害者に恩赦が与えられている。

タイ人権委員会と政府が指名した「タイ国和解に向けた真相究明委員会」は、政府からの支援が不十分なことや、事件に関与した者からの信頼及び協力が欠如していることなどが原因で、2010年の事件に対する調査を未だに完了していない。2つの機関の活動は、内部の官僚機構による妨害と共に、政府当局者やUDD指導者に対して、徹底した信頼性の高い捜査を行うという政治的意思が致命的なまでに欠如しているため、停滞している。

前出のシフトンは「タイにおける不処罰の連鎖を終わらせるために、インラック政権は、2010年の武力衝突の犯人を、政治的所属や公的地位にかかわりなく起訴するため、今こそ行動を起こすべきである。重大な人権侵害に対して恩赦を与えてはならない」と指摘する。 

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