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(エルサレム)-パレスチナ系住民の居住に関するイスラエル政府の政策が、多数の人びとの生活を破壊するとともに、ヨルダン川西岸地区とガザ地区への出入り/移動を恣意的に妨げている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。イスラエルは、西岸地区やガザ地区と深い繋がりを持つパレスチナ系住民と、その近親に対する居住不許可や取消などの措置を即時停止すべきであり、また居住申請手続きの全面停止を解除すべきだ。

報告書「彼のことは忘れて、ここにはいないのだから」(全90ページ)は、1967年以降にイスラエル軍が何十万人ものパレスチナ系住民を恣意的に追放してきた実態を詳述。追放が個人や家族にもたらした影響について調査し、取りまとめている。パレスチナ住民登録(西岸地区とガザ地区の合法的住民とイスラエル軍が認定しているパレスチナ系住民リスト)を基に同軍が取っている措置は、家族を引き裂き、就職や教育の機会を失わせ、パレスチナ地域への立ち入りを妨げると同時に、人びとを領土内に閉じ込めている。また、エジプト政府もガザ地区入りしようとするパレスチナ系住民に対し、イスラエルが管理する住民登録を基にした問題のある政策を取っている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東局長サラ・リー・ウィットソンは、「イスラエルのこの大胆な政策は自らの故郷で生活するパレスチナ系住民を不法住民とし、その生活を悪夢に変えてしまうものだ。にもかかわらずイスラエルは、一連の政策の確固たる安全保障上の論拠を示したことがない」と述べる。「現行政策はパレスチナ系住民の家族を分裂させ、西岸地区とガザ地区の内外に住民を閉じ込めている。家族が再び共に暮らすための申請に対するこれまでの政策と手続きを、イスラエルは改正すべきだ。パレスチナの人びとが自らの望む場所で家族と暮らせるように...。」

パレスチナ系住民が合法的住民とされ、イスラエル承認のIDカードとパスポートを受給するには、住民登録が義務づけられている。西岸地区では領土内移動の際、通学や通勤、通院、家族訪問にさえIDカードを必要とする。検問所に配置されたイスラエル治安部隊が、通過の際にIDカードの提示を求めるからだ。同地区の出入りを全面的に管理する関係当局者もまた、パレスチナ系住民にIDカードかパスポート提示を義務づけている。

これまでも恣意的な政策変更が、しばしば家族を引き裂いてきた。イスラエル国境関係当局は、たとえ以前に西岸地区に住んでいたり、同地区住民の近親であっても、ガザ地区住民の立ち入りを認めていない。国外生まれの配偶者に対しても同様だ。国外に出た西岸地区住民の帰還も拒否している。また、隣国エジプトが南部国境を管理するガザ地区では、同国当局者がガザ地区出入りの際に同様の書類の提示をパレスチナ系住民に求めている。

西岸地区とガザ地区を占領した3カ月後の1967年9月、イスラエルは両地区で国勢調査を実施。実質的に存在するパレスチナ系住民は95万4,898人を数えた。しかし、67年の第三次中東戦争以前に両地区に住んでいたものの、戦争で避難していたり、留学や仕事で海外にいたか、その他の理由で国勢調査期間中に不在だった少なくとも27万人のパレスチナ系住民が、国勢調査の対象外とされた。イスラエルはこうした人びとを住民登録に含まなかったばかりか、その直後に16歳〜60歳までの男性全員を含む多くが両地域に帰還するのを妨害。居住申請の資格がないと公言した。

イスラエルはまた、海外に長期間旅行や滞在していた何千もの多数のパレスチナ系住民を住民登録から抹消。この措置は1967年~94年まで続き、結果として西岸地区のパレスチナ系住民13万人が、合法的永住民として同地区で生活することができなくなった。イスラエルの人権団体ブツレムの要請で2005年に行われた調査は、西岸地区とガザ地区内のパレスチナ系住民64万人以上が、未登録の親や兄弟姉妹、子ども、配偶者を持つと推定した。

2000年9月に第2次インティファーダ(ほう起)が始まった際に、イスラエルはパレスチナ系住民の住民登録に関する制限を更に強めた。西岸地区とガザ地区住民として未登録のパレスチナ系住民は、それぞれの地区に立ち入り禁止となった。ガザ地区では2005年まで、イスラエルとエジプト両国が隣接する国境地帯の往来を完全に規制していた。

また2000年初めから、イスラエルは未登録のパレスチナ系住民とその配偶者、近親による住民登録と居住申請の手続きを却下するようになる。これは、たとえ人びとが西岸地区やガザ地区に長く住み、そこに家族や家、仕事やその他の繋がりを持っていても同様だった。

イスラエルはまた、ガザ地区住民として登録されている全パレスチナ系住民を事実上西岸地区に立ち入り禁止とし、西岸地区で生活しているものの、登録上はガザ地区住民の人びとの住所を西岸地区に変更することも許可しなかった。イスラエル軍の記録によると、こうした「ガザ地区住民」およそ3万5,000人が一時滞在許可で西岸地区に入り、期限が切れた後も住んでいるという。イスラエル軍の規則下でこうした人びとは今、自らの故郷への不法な「侵入者」とみなされている。

1967年以来、何千人もの登録済みパレスチナ系住民の配偶者や近親が西岸地区に移り、家族再統合として知られる手続きを通して居住資格申請を行った。しかしイスラエルは、2000年に申請処理を全面停止するまで、しばしば年間認可数を低く抑えたり、真の家族的または歴史的な繋がりを考慮することなしに恣意的な基準を用いるなどして、申請処理を遅らせていた。

2000年以降、国外を旅行した未登録のパレスチナ系住民は、西岸地区への帰還を意図的に拒否されるようになった。一方で同地区内に留まっている人びとは、検問所の兵士の意のままの状態だ。兵士は時折、「違法」居住の容疑で未登録のパレスチナ系住民を拘束している。

1995年にパレスチナ自治政府は、承認のため登録申請をイスラエル側に取り次ぐ役割を担った。しかしその協力関係を第2次インティファーダが崩壊に導いたと主張して、イスラエル当局は2000年以降の政策変更を正当化してきた。実際、自治政府は申請書を送付し続けているが、イスラエルがその処理を拒否しているのである。2000年〜05年までにイスラエル側が受け取り、未処理に終わっている申請は、12万件にも上る。家族再統合のための申請処理を拒否する政策は、第2次インティファーダ終了後も長く続いている。

2007年〜09年までのパレスチナ自治政府との和平交渉期間中、イスラエルは政治的意思表示として、およそ3万3,000件の登録申請を処理し、2011年にはガザ地区住民として登録されていたパレスチナ系住民約2,800人に、西岸地区への住所変更を認めた。しかしこうした動きは、滞る申請未処理問題を解決したわけではない。イスラエルは、パレスチナ系住民の住民登録申請を処理する義務はないが、自らの裁量でそうする可能性はあると主張。イスラエルの権利団体がこうした政策の撤廃を裁判所に請願した事案で、全面規制はパレスチナ自治政府との関係にかかわる政治問題であり、裁判所は取り扱う資格がないとイスラエル当局が主張、裁判所もそれに同意した。

前出のウィットソンは、「イスラエルはパレスチナ系住民が、家族と共に自宅で生活し、自由に移動することを認めるべきだ。パレスチナ系住民が住める場所についての管理を、政治取引として扱ってはならない」と指摘した。

イスラエルは住民登録と住所変更手続きを拒否する論拠として、第2次インティファーダの際の一般的な安全保障に関する状況も挙げた。期間中、パレスチナ系武装グループによる攻撃(ヒューマン・ライツ・ウォッチは再度にわたってこれを批判)で、何百人ものイスラエル人一般市民が殺害された。しかし、2000年9月にインティファーダが勃発して以来、イスラエル当局は申請者当人が安全保障上の脅威であると主張したり、個々の申請棄却の根拠を示すこともないまま、申請の多くを却下した。

なぜ住所変更と家族再統合の申請処理の全面拒否が安全保障上必要なのか、なぜ必要に応じて個々の申請者をふるいにかけないのかについて、イスラエルが説明をしたことはない。パレスチナ系住民の法的居住資格申請を無差別に拒否するイスラエルの政策は、妥当な安全保障上の懸念に対処するために必須として、国際法下で正当化できるレベルを遥かに超えている。

イスラエルの行なってきた住民登録管理の結果、西岸地区とガザ地区の登録済みパレスチナ系住民人口は大幅に減少してしまい、その数はおそらく数十万人規模だ。これは西岸地区におけるユダヤ人入植者数の増加時期と重なる。国際法は入植者を送り込むことで領土を占領することを禁じている。

イスラエルはまた、ガザ地区から地上軍と入植者を撤退させた後も、同地区居住者の住民登録を規制し続けている。たとえば2000年以降、イスラエルは未登録のパレスチナ系住民のガザ地区への立ち入りを許可せず、2005年までは完全規制していた。2007年にハマスがガザ地区を掌握した後でさえ、ほぼ封鎖の状態を続けている。この期間中、何千人もの未登録パレスチナ系住民、およびガザ地区居住者の外国生まれの配偶者は、多くの場合エジプト国境の地下に掘られたトンネルを使って、イスラエル軍の許可なく国境をすり抜け、家族との再会を果たしている。国外に旅行するのに必要なIDカードやパスポートを取得できない未登録のパレスチナ系住民は、ガザ地区に少なくとも1万2,000人いると推計されている。

加えて、未登録のパレスチナ系住民がガザ地区に閉じ込められている現状には、エジプトの政策も影響している。エジプトは、イスラエル承認のIDカードやパスポートを所持していない未登録のパレスチナ系住民には、ガザ地区に隣接する国境の出入りを許さない。これは外国パスポートを所持していても同様だ。更に大半の場合、イスラエルは登録済みのガザ地区住民にさえ、家族やその他の繋がりにかかわらず、西岸地区立ち入りを許可していない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、西岸地区の家族がガザ地区の近親と何年も引き裂かれている、かなり多くの事例を特定している。

すでに指摘したように、2000年以降に居住申請や住所変更申請受理を停止した後も、イスラエルはいくらかの申請を「政治的意思表示」として処理してきている。しかし、継続的に申請を処理しているわけではなく、小規模な定数の認可では、イスラエルがパレスチナ系住民の権利を尊重する義務を認めようとしない問題の解決にはならない。家族と共に生活する、パレスチナ占領地内を移動する、あるいは国外へ旅行するといったパレスチナ系住民の権利が確保されていないのだ。

前出のウィットソンは、「不当に法的居住資格を奪われた人びとを含むパレスチナ系住民がその地位を得て、そこから発生する権利を享受できるよう、個々の申請処理について効率的で権利保護を基礎にした、透明性のある手続きをイスラエルは構築すべきだ」としている。 

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